2014年1月10日金曜日

「私がほしい」式商品開発はなぜ失敗するか

商品やサービスを開発する際には、できるだけ、その商品・サービスのお客様像を
具体的に絞った方がよい。
単に「20代女性」というのではなく、「28歳、都内の国内メーカーの広報部門に勤務していて、
自宅は三軒茶屋の1LDK、趣味は・・・」といったように、「ああ、そういう人確かにいるよね」
という人物像を克明に描き出す。

このように、極めて具体的にターゲット像を明確にして、商品・サービス開発や
マーケティングプランの指針とするやり方を、「ペルソナ」と呼んだりもする。

スープストックTOKYOを運営するスマイルズの遠山氏が
同事業の立ち上げの際に、「ペルソナ」を設定して、成功させたことがよく知られている。
まず、はじめの事業企画の段階で、「スープのある一日」と題された、「日本センタッキー・ブライト・キッチンの秘書室に勤める田中さん(女性)」をペルソナとして設定した物語形式の企画書を
作って、事業化の説得にあたっている。
実際に、事業化のgoが出た後も、チームメンバーで、コンセプトを共有するために、
「秋野つゆ」という架空の女性を設定して、メニュー開発や店舗開発を進めたという。

筆者自身も、新商品や新サービス、新事業を立ち上げのお手伝いをする際には、
「一人でいいから、具体的なお客様像を描くこと」をおすすめしている。
はじめは、「え、一人とか、そんなに絞っていいんですか?」という反応だったりもするが、
「安心してください、ゴキブリ1匹いれば、100匹いるのと同じですから」とかなんとかいって、
半信半疑でも進めてもらうようにしている。
そうすることで、商品やサービスの仕様・価格・チャネルといった諸々の意思決定を行う際に
「ぶれない軸」ができあがるのである。マーケティングの出発点はやはり、「ターゲット」なのだ。
その結果、成功した事例を実際に数多く見てきた。

絞ることは捨てることだ。だから、勇気がいる。
しかし、「たった一人」であっても、確実にその商品・サービスを買ってくれる人がいれば、
その「たった一人」と同じようなニーズを持った人たちが存在する。
また、ターゲット像が明確であればあるほど、実は「顧客がどのくらいいそうか」という
予測も立てやすいのである。「20代男性」では、そのうちどのくらいの人が買ってくれるかの
予測を立てるのは極めて困難だが、「確かに買ってくれそう」な顧客像が明確であれば
その数の予測精度も増すのである。
一番怖いのは、絞ることを怖がって、不特定多数に向けた結果、
「誰のための商品・サービスかわからず、結果としてだれにも見向きされない」ことなのだ。

この「たった一人」と似て非なるものとして、「私がほしいと思うものを開発しました」
というやり方(?)がある。
残念ながら、このやり方は、たいていうまくいかない。
特に、「若手や、女性に意見を取り入れたくて」といって、商品開発の経験の浅い人に
任せるパターンではほぼ確実に失敗する。
上記の「たった一人に向けた商品・サービス開発」の成功例と同じくらい、
「私のための商品・サービス開発」の失敗例を見てきた。

なぜか。
同じく、「たった一人」のはずなのに。しかも、どこにいるかわからない架空の人ではなく、
実際に存在する自分という存在。それも年齢などのプロフィールどころか、生い立ちから
価値観、趣味・・・何から何まで知り尽くしているはずの「自分」という存在なのに。

筆者の経験からいうと、作りこんでいく過程で、実際に「私がほしいもの」が
出来上がらず、結果として、n=1いたはずの顧客が、n=0になってしまうからではないか。

最初の構想の段階では、開発を任命された担当者は「一消費者」として、
「こんな商品・サービスがあったらいいな」という夢を描く。
しかし、これはまさに「夢」だ。
原価や生産背景、人件費といった供給者側の都合をしらない消費者の
「わがまま」といってもいい。
実際にその商品・サービスを作りこんでいく過程は、夢から現実に引き戻される妥協の繰り返し
になってしまうことが多い。
「この素材は原価が高すぎて使えない」
「この加工は、うちの取引先の工場だとどこも出来ない」
「この加工をやろうと思うと、デザインはこうじゃないとできませんよ」
・・・などなど。
問題にぶつかるたびに、一消費者としての自分と、開発者としての自分との間で揺れ動きながら
決断を繰り返す。
最終的に商品ができあがったとき、
「さて、本当にあなたなら買いますか?」と問うたときの開発者の表情は微妙だったりする。
いつのまにか、「この商品を買ってくれるはずの、たった一人」はいなくなってしまうのである。

「私のための商品」を作って、成功できるマーケッターは相当の上級者である。
開発者としての立場と、消費者の立場は大きく異なる。
そこを「二重人格」で、つまり、あくまで開発者・供給者側の立場にいながら、
消費者としての自分を冷静に客観的に見つめられる、というのは相当レベルが高い芸当だ。
それよりも、「秋野つゆさん」とか「秘書の田中さん」という人物を設定し、
開発者として「これだったら彼女は買ってくれるだろうか?」という判断を客観的に下す方が
よっぽど楽なのである。

さて、この話の延長として、最近はやり(?)の「女子のみでの商品開発チーム」を
運営していく際のコツが導き出せる。

4人とか5人とかでチームを組成することが一般的だと思うが、
その中で、この人は商品関連、この人は生産関連、
この人は販促やプロモーション、この人は販路検討・営業、この人は統括リーダー・・・
といった役割分担ができるはずだ。
「君たちがターゲットになるような商品を、女性の発想で」という
極めておっさん発想で立ち上げられている経緯から、自分たちをターゲットにまずは考えるだろう。
しかし、女性も3人いれば、実は様々なはずで、じゃあ、誰を仮想ターゲットにして
商品・サービスを開発するのか、という論点が出てくる。

「私のための商品は失敗する」の法則からいえば、「商品サービス関連」や
「そのプロジェクト全体の責任者」に当たる人を、仮想ターゲットに置くべきではない。
むしろ、「販売・営業」とか「販促」など、「商品・サービスが出来上がってからの役割が大きい人」
が仮想ターゲットになった方がうまくいくだろう。
その人が、この仕様なら、値段なら、実際に買うのか。
素直に「一消費者」としての意見を述べてもらえればいいからである。
商品企画担当やプロジェクトの責任者がその意見を聞いて、「開発者」として冷静なジャッジを
下せばよい。

「女子向けだから、女性の開発チーム」という短絡発想自体、あまりお勧めするもの
ではないが、もし社内で検討されることがあれば、この法則を頭に入れて
人選を行ったほうがいいだろう。