2013年12月24日火曜日

ユーザー参加型商品開発はモノづくりのイノベーションにあらず ~「参加」という付加価値~

先日、日経MJにマーケティングの研究者である某大学の某教授の話として、
「ユーザーイノベーション」なるものの話が載っていた。

アマゾンで同教授の本の概要を見ると・・・
「これまでイノベーションというものは、メーカーや研究機関からの専売特許と見られてきたが、インターネット技術の進歩に伴い、広く消費者にイノベーションの道が開かれるようになってきている。この「イノベーションの民主化」によって、企業の製品やサービスづくりが大きく変わり、多様なイノベーションが一気に広がろうとしている。それはまた、「消費者の叡智」をうまく取り込むことで、企業は少ない費用で魅力的な製品を開発できるようになることを意味している。」
だそうな。

まったくわかってないなぁ、という感じである。

3Dプリンターやクラウドソーシングで、モノづくりのハードルは下がっている。
しかし、その話と、従来のメーカーなどのモノづくりの話は全く別だ。
企業の商品開発担当者や経営者は、
「商品やサービスの開発に消費者が参加できるようになったことで
 モノづくり、サービスづくりが変わる」なんて、本気で思っていたら、えらい目にあう。

確かにインターネットが登場し、商品開発のアイデアの段階から、色々意見をもらうことは
簡単になった。実際、エレファントデザインや無印良品などで、そういった企画もある。
しかし、商品開発において、多かれ少なかれ、顧客の意見を聞くことは以前から
やってきたことである。コンセプトの段階から、Web調査などでアンケートを
行って消費者の反応を見たり、例えば食品なら、繰り返し試作品を作り、そのたびに
社内やモニターに意見を聞いて、微修正を行ったりしている。
ある程度の規模のメーカーや企業なら、「独りよがり」にならず、開発のどこかの段階で
消費者の意見は取り入れているものだ。
技術の進歩という意味では、Webリサーチの普及によって、調査コストが格段に下がったこと
の方が、いわゆる「ユーザー参加型のモノづくり」よりも、よっぽどインパクトは大きかった、
というのが筆者の実感だ。
確かにユーザー参加型企画で、たくさんの消費者の意見を集めることはできる。
が、それは以前なら、10人くらいのモニターの意見だったのが、100人の意見が聞けるように
なりましたよね、といった「程度」の問題に過ぎない。
例えば、家電製品で、どっちの色がいいかとか、このスイッチの形はどっちがいいですか
なんてことは、別の手段でいくらでも聞けるのである。

勘違いしてはいけない。
インターネットやSNSの普及によって、商品やサービスの開発に消費者が参加できるように
なって変わったのは、
商品やサービスに「参加」という付加価値が付けられるようになった、ということなのである。
決して、「ユーザーである消費者の意見を、より事細かに、よりリアルに吸い上げられる」
ということではない。

ユーザー参加型の商品開発に参加する人々にとって、その結果、出てきた商品は
「自分がもの申した結果、形になった商品」や
「自分も一票を投じた商品」であり、
自分もその開発のプロセスに「参加した」ということが、他に替えがたい付加価値なのである。
「知り合いが出ている演劇の舞台」にはいこうと思ったり、
「友達のやっているカフェ」に行かなきゃ、と思うのと同じで、「自分が参加した」という
意味で自分との関わりが強いからこそ、「買いたい」と思うだ。

だから、「ユーザー参加型企画」によって消費者の意見を丹念に聞いて、
作り上げたはずの商品が、店頭に並べてみると、意外に売れない、
ということは往々にして起こり得る。
その開発プロセスに「参加」していない、店頭の一般の顧客からみれば、
その商品は、他のどこにでもある商品と大差ないからである。

特に、「ユーザー参加型企画」の常として「多数決による民主主義」でうまれるので、
実は本質的に「尖った商品」はうまれにくい。
日本の自動車や家電が、最初は尖ったコンセプトやデザインであっても、
何段階もの社内の会議・承認を経るうちに「角が取れてつまらないものになる」
と言われるのと同じだ。

従って、ある程度の規模の企業で「ユーザー参加型」の商品企画を行う場合には
次の二点に留意しなくてはならない。

一つは参加」してもらう人の数・規模感である。
上記の通り、「参加してもらうことそのものが付加価値」なので、
できる限り、「買ってほしい数」と「参加してほしい数」は近い方が望ましい。
特に家電や家具など、単価が高い商品の場合は、「参加者+α」でさばけるくらいの
量がよい。この規模感、すなわち、「桁」を間違えると、思いがけない在庫の山となってしまう
ので注意が必要だ。
「参加していない人には、たいして魅力がない」ということを深く認識しておくべきである。

商品開発そのものではないが、「参加型企画」の規模感という意味で、
よくできたキャンペーンの例は、爽健美茶のリニューアルに伴って行われた「国民投票」である。
味やパッケージのリニューアルを行う際、プレゼントやサンプリングによって新しい商品を
試してもらう、というのが通常のやり方だが、ここに「参加型」の仕掛けをうまく入れて、
国民投票という形にした。結果、45:55で新しい方の爽健美茶が選ばれたわけだが、
150万票もの投票が行われている。「参加」型の企画としては、実売に一定の貢献をした
数少ない事例だと思う。

二つ目は「いかに気持ちよく参加」してもらうか」である。
「参加してもらうこと」自体が付加価値なので、目標とする参加人数の人に
いかに気持ちよく、参加してもらうかがカギである。
気軽に参加できるようにする工夫も必要だし、適度な「盛り上がり」も欠かせない。
間違っても「いかに消費者のニーズ、インサイトを引き出すか」なんて思ってはいけない。
それは消費者に見えない「裏側」で真剣にやればいいのである。
サッポロビールの「100人ビール」プロジェクトは、「参加の楽しみ」という意味では
色々な仕掛けを行っている。味やアルコール度数など、投票を複数回に分けて参加の機会を
増やしたり、ポイントを与えて、ポイント上位者は完成記念イベントに招待するなどしている。
のべ参加人数が1万人程度で、ネット限定での販売にとどまるなど、ビールの販売としての
規模感は全く足りず、あくまで「実験」の域を出ない。が、「参加そのものを楽しませる仕掛け」
としては、他の業種でも参考にできるところはありそうな企画である。

政治の世界など、「何でもかんでも民主化」がいいとされ、「プロフェッショナル」が軽視される
のは問題だと思う。同様に、企業の商品企画開発を含めたマーケティングは、
「プロフェッショナリズム」が極めて大事な分野だ。
この大事な機能において、本気で「ユーザー主導」などと、思考放棄の過ちを起こすようなことが
あってはならない、と思う。

2013年12月2日月曜日

シーンを切り取って商機を見出す その2 ~高齢者専門の引越し業者~

「人生に何度かしかないシーンを切り取ると、そこに商機が生まれる」という事例のその2である。
今回は「引っ越し」だ。

大阪にあるセイコー運輸という会社が手掛けている、
「シルバー住むーぶ」という、高齢者に特化した引っ越しサービスがある。
http://silver.sumove.com/

「高齢者の引っ越し」と一口に言っても色々あって、
それまで一戸建てに住んでいた70代が夫婦が、「ちょっと便利な駅前のマンションに引っ越すか」
みたいな引っ越しもあれば、
「都会暮らしも飽きてきたから、これからは田舎暮らしだ!」なんて引っ越しもあるかもしれない。
セイコー運輸が行う引っ越しは、そういうところではなく、
介護度が高くなって施設に入らないといけない、とか、逆に事情があって、施設から
自宅に戻るとか「介護前後」の引越しである

実はサービス内容として、特別なメニューがあるわけではない。
(のちに、遺影撮影サービスなどを始めているが、これはあくまでオマケである)
やっていることはいたってシンプルに、家財の片付けや、引っ越しそのものである。
経営者を含めてホームヘルパーの資格保有者がいるということと、
もう一つは、ケアマネジャーや、介護施設に対して、販促・営業活動を行っている、という点に
特徴がある。

元々は地域の運送会社がはじめた新規事業なのだが、
「自宅から介護施設間の引越し」というマーケット設定がミソである。

第一に近距離にほぼ限られること。若年層やそれ以外の転勤族の引っ越しとなると
関西から関東へ、といった広域の引っ越しもあり得る。こうなると、全国展開の大手引越し
チェーンが圧倒的に有利だ。しかし、介護が必要な方の場合、自宅と入居する施設は
近いことがほとんどである。これは地場で展開する中小事業者にとってメリットだ。

第二にケアマネジャーや施設に営業をかけることで、広告費もかける必要なく、
「リピート」がもらえる。
一般の個人の引越しの多くは、ほとんど個人が頼むものであり、よほどの転勤族でない限り
「リピート」の機会は少ない。しかし、介護施設への引越しの場合、そこにケアマネジャーや施設
の影響力が大きくなる。
「こんな業者がありますけど、どうされますか」という推奨をしてくれるのである。
介護業界の人や、介護経験のある人はわかると思うが、
「自宅から施設に入る際の引っ越し」というのは、「切羽詰まった」特殊な状況だ。
「認知症がひどくなって自宅で暮らせなくなる」とか「自宅で介護をしていたけど、転倒を
してしまって、自宅で暮らせなくなる」といったケースが多いのである。
こういうシチュエーションにおいて、
目に見える特別なメニューがなくても、「勝手を知っている」ことだけで、十分価値がある。
お金を払う高齢者のご家族にとっても安心感があるし、
できるだけ、トラブルなく、無事に引っ越しを済ませたいと思っている、
ケアマネや高齢者施設にとって、「同じ言語・肌感覚で話ができる」というのは大きい。

結果として、チラシやWEBといった「一般マス向け」のプロモーションに資源を割くことなく、
地域のケアマネや施設に営業に行くだけ、という固定費のみ世界で仕事が入る。
しかも、一度頼んでうまく引越しを済ませれば、ケアマネジャーや施設は次からも
推奨してくれるだろう。一般の消費者向けの引越しでありながら、実はB2Bのような安定した
ビジネスの仕方ができるのだ。

第三に「相見積もりなく」引っ越しの注文がとれる。
上記のような状況なので、家族にとっても、いろんな業者を比較検討している暇や余裕などなく、
「相見積もり」をとって、というケースはかなり少ないと想定される。
推奨するケアマネや施設側も、何度か頼んで、「勝手を知ってくれてる」関係ができあがると、
よほど問題を起こさない限り、あえて「他のもっといい業者を探そう」という動機は
働かないだろう。
「引っ越し」で検索をたたけば、価格比較サイトで数社の見積もりがあっという間に取れる
現在、「比較や相見積もりなし」の利点は大きい。

セイコー運輸はこの「ノウハウ」を全国の地域運送会社・引越し会社に提供し始めており、
このモデルが全国で通用することが立証されている。

面白いのは、同社が「市場を絞って、それを市場に表明した」だけで、
特別なメニューを開発したり、投資を行ったわけでもない、ということだ。
ヘルパー2級という資格も、経営者が元々祖母の介護のときに取得したものだというから、
実質、初期投資ゼロである。
競争が激しくなったり、事業が行き詰ったとき、「絞る」ことで活路が見いだせることが
あるかもしれない。