2014年1月10日金曜日

「私がほしい」式商品開発はなぜ失敗するか

商品やサービスを開発する際には、できるだけ、その商品・サービスのお客様像を
具体的に絞った方がよい。
単に「20代女性」というのではなく、「28歳、都内の国内メーカーの広報部門に勤務していて、
自宅は三軒茶屋の1LDK、趣味は・・・」といったように、「ああ、そういう人確かにいるよね」
という人物像を克明に描き出す。

このように、極めて具体的にターゲット像を明確にして、商品・サービス開発や
マーケティングプランの指針とするやり方を、「ペルソナ」と呼んだりもする。

スープストックTOKYOを運営するスマイルズの遠山氏が
同事業の立ち上げの際に、「ペルソナ」を設定して、成功させたことがよく知られている。
まず、はじめの事業企画の段階で、「スープのある一日」と題された、「日本センタッキー・ブライト・キッチンの秘書室に勤める田中さん(女性)」をペルソナとして設定した物語形式の企画書を
作って、事業化の説得にあたっている。
実際に、事業化のgoが出た後も、チームメンバーで、コンセプトを共有するために、
「秋野つゆ」という架空の女性を設定して、メニュー開発や店舗開発を進めたという。

筆者自身も、新商品や新サービス、新事業を立ち上げのお手伝いをする際には、
「一人でいいから、具体的なお客様像を描くこと」をおすすめしている。
はじめは、「え、一人とか、そんなに絞っていいんですか?」という反応だったりもするが、
「安心してください、ゴキブリ1匹いれば、100匹いるのと同じですから」とかなんとかいって、
半信半疑でも進めてもらうようにしている。
そうすることで、商品やサービスの仕様・価格・チャネルといった諸々の意思決定を行う際に
「ぶれない軸」ができあがるのである。マーケティングの出発点はやはり、「ターゲット」なのだ。
その結果、成功した事例を実際に数多く見てきた。

絞ることは捨てることだ。だから、勇気がいる。
しかし、「たった一人」であっても、確実にその商品・サービスを買ってくれる人がいれば、
その「たった一人」と同じようなニーズを持った人たちが存在する。
また、ターゲット像が明確であればあるほど、実は「顧客がどのくらいいそうか」という
予測も立てやすいのである。「20代男性」では、そのうちどのくらいの人が買ってくれるかの
予測を立てるのは極めて困難だが、「確かに買ってくれそう」な顧客像が明確であれば
その数の予測精度も増すのである。
一番怖いのは、絞ることを怖がって、不特定多数に向けた結果、
「誰のための商品・サービスかわからず、結果としてだれにも見向きされない」ことなのだ。

この「たった一人」と似て非なるものとして、「私がほしいと思うものを開発しました」
というやり方(?)がある。
残念ながら、このやり方は、たいていうまくいかない。
特に、「若手や、女性に意見を取り入れたくて」といって、商品開発の経験の浅い人に
任せるパターンではほぼ確実に失敗する。
上記の「たった一人に向けた商品・サービス開発」の成功例と同じくらい、
「私のための商品・サービス開発」の失敗例を見てきた。

なぜか。
同じく、「たった一人」のはずなのに。しかも、どこにいるかわからない架空の人ではなく、
実際に存在する自分という存在。それも年齢などのプロフィールどころか、生い立ちから
価値観、趣味・・・何から何まで知り尽くしているはずの「自分」という存在なのに。

筆者の経験からいうと、作りこんでいく過程で、実際に「私がほしいもの」が
出来上がらず、結果として、n=1いたはずの顧客が、n=0になってしまうからではないか。

最初の構想の段階では、開発を任命された担当者は「一消費者」として、
「こんな商品・サービスがあったらいいな」という夢を描く。
しかし、これはまさに「夢」だ。
原価や生産背景、人件費といった供給者側の都合をしらない消費者の
「わがまま」といってもいい。
実際にその商品・サービスを作りこんでいく過程は、夢から現実に引き戻される妥協の繰り返し
になってしまうことが多い。
「この素材は原価が高すぎて使えない」
「この加工は、うちの取引先の工場だとどこも出来ない」
「この加工をやろうと思うと、デザインはこうじゃないとできませんよ」
・・・などなど。
問題にぶつかるたびに、一消費者としての自分と、開発者としての自分との間で揺れ動きながら
決断を繰り返す。
最終的に商品ができあがったとき、
「さて、本当にあなたなら買いますか?」と問うたときの開発者の表情は微妙だったりする。
いつのまにか、「この商品を買ってくれるはずの、たった一人」はいなくなってしまうのである。

「私のための商品」を作って、成功できるマーケッターは相当の上級者である。
開発者としての立場と、消費者の立場は大きく異なる。
そこを「二重人格」で、つまり、あくまで開発者・供給者側の立場にいながら、
消費者としての自分を冷静に客観的に見つめられる、というのは相当レベルが高い芸当だ。
それよりも、「秋野つゆさん」とか「秘書の田中さん」という人物を設定し、
開発者として「これだったら彼女は買ってくれるだろうか?」という判断を客観的に下す方が
よっぽど楽なのである。

さて、この話の延長として、最近はやり(?)の「女子のみでの商品開発チーム」を
運営していく際のコツが導き出せる。

4人とか5人とかでチームを組成することが一般的だと思うが、
その中で、この人は商品関連、この人は生産関連、
この人は販促やプロモーション、この人は販路検討・営業、この人は統括リーダー・・・
といった役割分担ができるはずだ。
「君たちがターゲットになるような商品を、女性の発想で」という
極めておっさん発想で立ち上げられている経緯から、自分たちをターゲットにまずは考えるだろう。
しかし、女性も3人いれば、実は様々なはずで、じゃあ、誰を仮想ターゲットにして
商品・サービスを開発するのか、という論点が出てくる。

「私のための商品は失敗する」の法則からいえば、「商品サービス関連」や
「そのプロジェクト全体の責任者」に当たる人を、仮想ターゲットに置くべきではない。
むしろ、「販売・営業」とか「販促」など、「商品・サービスが出来上がってからの役割が大きい人」
が仮想ターゲットになった方がうまくいくだろう。
その人が、この仕様なら、値段なら、実際に買うのか。
素直に「一消費者」としての意見を述べてもらえればいいからである。
商品企画担当やプロジェクトの責任者がその意見を聞いて、「開発者」として冷静なジャッジを
下せばよい。

「女子向けだから、女性の開発チーム」という短絡発想自体、あまりお勧めするもの
ではないが、もし社内で検討されることがあれば、この法則を頭に入れて
人選を行ったほうがいいだろう。

2013年12月24日火曜日

ユーザー参加型商品開発はモノづくりのイノベーションにあらず ~「参加」という付加価値~

先日、日経MJにマーケティングの研究者である某大学の某教授の話として、
「ユーザーイノベーション」なるものの話が載っていた。

アマゾンで同教授の本の概要を見ると・・・
「これまでイノベーションというものは、メーカーや研究機関からの専売特許と見られてきたが、インターネット技術の進歩に伴い、広く消費者にイノベーションの道が開かれるようになってきている。この「イノベーションの民主化」によって、企業の製品やサービスづくりが大きく変わり、多様なイノベーションが一気に広がろうとしている。それはまた、「消費者の叡智」をうまく取り込むことで、企業は少ない費用で魅力的な製品を開発できるようになることを意味している。」
だそうな。

まったくわかってないなぁ、という感じである。

3Dプリンターやクラウドソーシングで、モノづくりのハードルは下がっている。
しかし、その話と、従来のメーカーなどのモノづくりの話は全く別だ。
企業の商品開発担当者や経営者は、
「商品やサービスの開発に消費者が参加できるようになったことで
 モノづくり、サービスづくりが変わる」なんて、本気で思っていたら、えらい目にあう。

確かにインターネットが登場し、商品開発のアイデアの段階から、色々意見をもらうことは
簡単になった。実際、エレファントデザインや無印良品などで、そういった企画もある。
しかし、商品開発において、多かれ少なかれ、顧客の意見を聞くことは以前から
やってきたことである。コンセプトの段階から、Web調査などでアンケートを
行って消費者の反応を見たり、例えば食品なら、繰り返し試作品を作り、そのたびに
社内やモニターに意見を聞いて、微修正を行ったりしている。
ある程度の規模のメーカーや企業なら、「独りよがり」にならず、開発のどこかの段階で
消費者の意見は取り入れているものだ。
技術の進歩という意味では、Webリサーチの普及によって、調査コストが格段に下がったこと
の方が、いわゆる「ユーザー参加型のモノづくり」よりも、よっぽどインパクトは大きかった、
というのが筆者の実感だ。
確かにユーザー参加型企画で、たくさんの消費者の意見を集めることはできる。
が、それは以前なら、10人くらいのモニターの意見だったのが、100人の意見が聞けるように
なりましたよね、といった「程度」の問題に過ぎない。
例えば、家電製品で、どっちの色がいいかとか、このスイッチの形はどっちがいいですか
なんてことは、別の手段でいくらでも聞けるのである。

勘違いしてはいけない。
インターネットやSNSの普及によって、商品やサービスの開発に消費者が参加できるように
なって変わったのは、
商品やサービスに「参加」という付加価値が付けられるようになった、ということなのである。
決して、「ユーザーである消費者の意見を、より事細かに、よりリアルに吸い上げられる」
ということではない。

ユーザー参加型の商品開発に参加する人々にとって、その結果、出てきた商品は
「自分がもの申した結果、形になった商品」や
「自分も一票を投じた商品」であり、
自分もその開発のプロセスに「参加した」ということが、他に替えがたい付加価値なのである。
「知り合いが出ている演劇の舞台」にはいこうと思ったり、
「友達のやっているカフェ」に行かなきゃ、と思うのと同じで、「自分が参加した」という
意味で自分との関わりが強いからこそ、「買いたい」と思うだ。

だから、「ユーザー参加型企画」によって消費者の意見を丹念に聞いて、
作り上げたはずの商品が、店頭に並べてみると、意外に売れない、
ということは往々にして起こり得る。
その開発プロセスに「参加」していない、店頭の一般の顧客からみれば、
その商品は、他のどこにでもある商品と大差ないからである。

特に、「ユーザー参加型企画」の常として「多数決による民主主義」でうまれるので、
実は本質的に「尖った商品」はうまれにくい。
日本の自動車や家電が、最初は尖ったコンセプトやデザインであっても、
何段階もの社内の会議・承認を経るうちに「角が取れてつまらないものになる」
と言われるのと同じだ。

従って、ある程度の規模の企業で「ユーザー参加型」の商品企画を行う場合には
次の二点に留意しなくてはならない。

一つは参加」してもらう人の数・規模感である。
上記の通り、「参加してもらうことそのものが付加価値」なので、
できる限り、「買ってほしい数」と「参加してほしい数」は近い方が望ましい。
特に家電や家具など、単価が高い商品の場合は、「参加者+α」でさばけるくらいの
量がよい。この規模感、すなわち、「桁」を間違えると、思いがけない在庫の山となってしまう
ので注意が必要だ。
「参加していない人には、たいして魅力がない」ということを深く認識しておくべきである。

商品開発そのものではないが、「参加型企画」の規模感という意味で、
よくできたキャンペーンの例は、爽健美茶のリニューアルに伴って行われた「国民投票」である。
味やパッケージのリニューアルを行う際、プレゼントやサンプリングによって新しい商品を
試してもらう、というのが通常のやり方だが、ここに「参加型」の仕掛けをうまく入れて、
国民投票という形にした。結果、45:55で新しい方の爽健美茶が選ばれたわけだが、
150万票もの投票が行われている。「参加」型の企画としては、実売に一定の貢献をした
数少ない事例だと思う。

二つ目は「いかに気持ちよく参加」してもらうか」である。
「参加してもらうこと」自体が付加価値なので、目標とする参加人数の人に
いかに気持ちよく、参加してもらうかがカギである。
気軽に参加できるようにする工夫も必要だし、適度な「盛り上がり」も欠かせない。
間違っても「いかに消費者のニーズ、インサイトを引き出すか」なんて思ってはいけない。
それは消費者に見えない「裏側」で真剣にやればいいのである。
サッポロビールの「100人ビール」プロジェクトは、「参加の楽しみ」という意味では
色々な仕掛けを行っている。味やアルコール度数など、投票を複数回に分けて参加の機会を
増やしたり、ポイントを与えて、ポイント上位者は完成記念イベントに招待するなどしている。
のべ参加人数が1万人程度で、ネット限定での販売にとどまるなど、ビールの販売としての
規模感は全く足りず、あくまで「実験」の域を出ない。が、「参加そのものを楽しませる仕掛け」
としては、他の業種でも参考にできるところはありそうな企画である。

政治の世界など、「何でもかんでも民主化」がいいとされ、「プロフェッショナル」が軽視される
のは問題だと思う。同様に、企業の商品企画開発を含めたマーケティングは、
「プロフェッショナリズム」が極めて大事な分野だ。
この大事な機能において、本気で「ユーザー主導」などと、思考放棄の過ちを起こすようなことが
あってはならない、と思う。

2013年12月2日月曜日

シーンを切り取って商機を見出す その2 ~高齢者専門の引越し業者~

「人生に何度かしかないシーンを切り取ると、そこに商機が生まれる」という事例のその2である。
今回は「引っ越し」だ。

大阪にあるセイコー運輸という会社が手掛けている、
「シルバー住むーぶ」という、高齢者に特化した引っ越しサービスがある。
http://silver.sumove.com/

「高齢者の引っ越し」と一口に言っても色々あって、
それまで一戸建てに住んでいた70代が夫婦が、「ちょっと便利な駅前のマンションに引っ越すか」
みたいな引っ越しもあれば、
「都会暮らしも飽きてきたから、これからは田舎暮らしだ!」なんて引っ越しもあるかもしれない。
セイコー運輸が行う引っ越しは、そういうところではなく、
介護度が高くなって施設に入らないといけない、とか、逆に事情があって、施設から
自宅に戻るとか「介護前後」の引越しである

実はサービス内容として、特別なメニューがあるわけではない。
(のちに、遺影撮影サービスなどを始めているが、これはあくまでオマケである)
やっていることはいたってシンプルに、家財の片付けや、引っ越しそのものである。
経営者を含めてホームヘルパーの資格保有者がいるということと、
もう一つは、ケアマネジャーや、介護施設に対して、販促・営業活動を行っている、という点に
特徴がある。

元々は地域の運送会社がはじめた新規事業なのだが、
「自宅から介護施設間の引越し」というマーケット設定がミソである。

第一に近距離にほぼ限られること。若年層やそれ以外の転勤族の引っ越しとなると
関西から関東へ、といった広域の引っ越しもあり得る。こうなると、全国展開の大手引越し
チェーンが圧倒的に有利だ。しかし、介護が必要な方の場合、自宅と入居する施設は
近いことがほとんどである。これは地場で展開する中小事業者にとってメリットだ。

第二にケアマネジャーや施設に営業をかけることで、広告費もかける必要なく、
「リピート」がもらえる。
一般の個人の引越しの多くは、ほとんど個人が頼むものであり、よほどの転勤族でない限り
「リピート」の機会は少ない。しかし、介護施設への引越しの場合、そこにケアマネジャーや施設
の影響力が大きくなる。
「こんな業者がありますけど、どうされますか」という推奨をしてくれるのである。
介護業界の人や、介護経験のある人はわかると思うが、
「自宅から施設に入る際の引っ越し」というのは、「切羽詰まった」特殊な状況だ。
「認知症がひどくなって自宅で暮らせなくなる」とか「自宅で介護をしていたけど、転倒を
してしまって、自宅で暮らせなくなる」といったケースが多いのである。
こういうシチュエーションにおいて、
目に見える特別なメニューがなくても、「勝手を知っている」ことだけで、十分価値がある。
お金を払う高齢者のご家族にとっても安心感があるし、
できるだけ、トラブルなく、無事に引っ越しを済ませたいと思っている、
ケアマネや高齢者施設にとって、「同じ言語・肌感覚で話ができる」というのは大きい。

結果として、チラシやWEBといった「一般マス向け」のプロモーションに資源を割くことなく、
地域のケアマネや施設に営業に行くだけ、という固定費のみ世界で仕事が入る。
しかも、一度頼んでうまく引越しを済ませれば、ケアマネジャーや施設は次からも
推奨してくれるだろう。一般の消費者向けの引越しでありながら、実はB2Bのような安定した
ビジネスの仕方ができるのだ。

第三に「相見積もりなく」引っ越しの注文がとれる。
上記のような状況なので、家族にとっても、いろんな業者を比較検討している暇や余裕などなく、
「相見積もり」をとって、というケースはかなり少ないと想定される。
推奨するケアマネや施設側も、何度か頼んで、「勝手を知ってくれてる」関係ができあがると、
よほど問題を起こさない限り、あえて「他のもっといい業者を探そう」という動機は
働かないだろう。
「引っ越し」で検索をたたけば、価格比較サイトで数社の見積もりがあっという間に取れる
現在、「比較や相見積もりなし」の利点は大きい。

セイコー運輸はこの「ノウハウ」を全国の地域運送会社・引越し会社に提供し始めており、
このモデルが全国で通用することが立証されている。

面白いのは、同社が「市場を絞って、それを市場に表明した」だけで、
特別なメニューを開発したり、投資を行ったわけでもない、ということだ。
ヘルパー2級という資格も、経営者が元々祖母の介護のときに取得したものだというから、
実質、初期投資ゼロである。
競争が激しくなったり、事業が行き詰ったとき、「絞る」ことで活路が見いだせることが
あるかもしれない。

2013年11月30日土曜日

シーンを切り取って商機を見出す ~陣痛タクシーの例~

ターゲティングする際に、年齢や性別、年収、職業といった「人」でセグメントすることに加えて、
「シーン」でのセグメンテーションが有効な場合がある。
特に、人生に一度、もしくは何度かしかない」というシーンは、
ユニークなサービスを生み出す可能性を秘めている。

タクシー会社の日本交通が提供する「陣痛タクシー」もそうしたサービスの一つだ。
事前にお迎え先、病院、出産予定日などを登録しておくと、
もし陣痛になっても、電話一本でタクシーが駆けつけてくれ、行き先を道案内する必要もなく、
病院に連れて行ってくれる、というものだ。
通常のタクシー配車のコールセンターとは別途、専用のコールセンターを用意しており、
24時間365日対応で、「電話をかけたけど、つながらない」ということもない、という。
登録は無料、お迎え料金400円がかかるだけで、料金は通常のタクシーと同じだ。

「急な陣痛がきて、とりあえず、病院に電話したら、すぐ来てくださいって
いわれたから、タクシー会社に電話したけど、全然つながらないし、やっとつながって
来たと思って、すんごい痛い思いの中、必死の思いで、行き先の病院伝えたのに、
運転手が道わからなくって、ひぃひぃいいながら、道を伝えてるのに、
運転手の態度も悪くって、『大丈夫ですか』の一言もいわないし・・・」とか。
実際、ありそうなシーンだ。

男なので陣痛のつらさは想像でしかないが、本当に大変なんだと思う。

逆にこんなシーンで、電話がすぐつながって、
「〇〇様ですか、陣痛ですか?大丈夫ですよ、すぐにタクシー向かいますからね」
とコールセンターの対応もあたたく、
運転手も
「〇〇病院ですよね、10分で着きますから、もうちょっと頑張ってくださいね、つらかったら
横になっておいてください」
みたいな声をかけて、要領よく、病院まで連れ行ってくれたら、どんなにうれしいことか。
出産の、しかも陣痛がきて、まさにこれから、という人生の一大イベントをともにした、
そのタクシー会社=日本交通の名前は、そのお客様の心に刻まれることだろう。
なんだったら、運転手の名前まで覚えてしまうかもしれない。
(陣痛だとそれどころじゃないか)

こうしたサービスが不安を抱える妊婦さんたちの心をとらえ、
平成24年5月からスタートして1年で登録2万件、利用数7,700件の利用があったという。
なんと都内の妊婦の20%が登録してるのだそうだ。

日本交通がえらいのは、ドライバー7,000名に対して、研修・教育を実施しており、
全ドライバーが陣痛タクシーに対応できる、という点だ。
おそらく、これが「一部のドライバーは」とかに限定してしまうと、都内の幅広いエリアに対して、
スムーズな配車を実現できないのだろう。
それにしても、7,000名全員というところに、会社としての本気度を感じる。

この陣痛タクシーは通常のタクシーと同じ料金であり、これ自身で儲けようというのではない。
が、陣痛タクシーをきっかけに日本交通を「指名」する顧客は間違いなく増えるだろう。
出産後も小さい子供を持つ母親は、検診など、何かと病院への行き帰りタクシーが
必要となる機会は多い。

これは推測だが、そうした「陣痛後の顧客の獲得」ということ以上に、
ドライバーのモチベーションとかやりがいといったものに、このサービスは
つながっている気がする。
出産という人生の一大イベントの一部をお客様とともにし、そこで感謝されるという幸せ。
それは自分の仕事に対する誇りや意義を見つめなおす機会を与えてくれるのではないか。

陣痛タクシーの真の効果は、「指名買い顧客の獲得」といったこと以上に、
そんなところにあるのかもしれない。

2013年11月29日金曜日

提案営業に必要なスキル ~セレクト力とアジャスト力~

営業はクリエイティブな仕事だ。

「自分がいなかったら、存在しなかったであろう成果を顧客と自社にもたらす・作り出す」
のが営業の役割だからである。

「クリエイティブ」だといっても、「クリエイター」に求められる素養がいるとか、
POPのコピーのセンスが必要だとか(それはそれであるに越したことはないが)、
アイデアマンじゃないといけないとか、そういうことを言っているのではない。
(「クリエイター」と称したり、広告を作る人の中で、本当の意味で「クリエイティブ」な人は
 一握りな気がするが・・・)

いわゆる「提案営業」の仕事は「0から1の事例づくり」よりも、
「成功事例の横展開」の方が圧倒的に多いからだ。

例えば食品メーカーの営業がレストランに新しいメニューを提案するとしよう。
全く新しいメニューであれ、日本で知られていないどこかの国の料理であれ、
それを採用しているレストランがない限り、そのメニューが売れるか、売れないかは
誰にもわからない。
最近、回転ずしのくら寿司では、コンビニのような挽き立て珈琲を提供し始めたが、
これも回転ずしチェーンでは初めての試みだ。実際にどのくらいの成果が出るかは
いくら入念にリサーチをしたとしても、「やってみないとわからない」世界である。

営業活動で得意先に提案するとき、その提案が得意先にとって斬新であればあるほど、
それは少なからず、「実験」という色彩が強くなる。
得意先に対しても、「成果が出るかどうかは、やってみないとわからない部分はありますが、
他社に先駆けてやってみませんか」と了承を得なければすすめられない。
(やってこともないのに、「確実に成果が出ます」というのは嘘をいうようなもの)
その分、条件面で優遇したり、まずは「1店から実験」みたいなことで進めるわけだ。

新しい市場を作ったり、新しい用途を広げていくには、こうした「実験」が欠かせない。
しかし、「実験だけ」では、手間と苦労がかかるわりに「目先の数字」には結び付きにくい。
「実験」はある種の「弾込め」である。提案できる武器を作り、それをもとに「横展開」「水平展開」
して数字に結びついていく。

提案のベースとなる武器=事例は何も自分の営業活動だけから作り出す必要はない。
周りの同僚や、上司や、ほかの営業所の営業パーソンの事例など、社内中から
引っ張ってくるべきだ。

問題は、数ある事例の中から、自分の担当する特定の得意先に、「いま」、「最適な」
事例をチョイスできるかである。事例の「セレクト力」だ。
「最適な」というのは、得意先の方針にゃ戦略、課題と合致し、その提案が成果に結びつくか
どうか、ということだ。
ある得意先では成果が出た提案でも、ほかの得意先にはマッチしない、あるいは
やっても今一つ成果が出ない、ということは十分ありえる。
例えば、全国的に高齢の単身者や夫婦二人暮らしが増えているということで、一人や2人に
あった食べきりサイズの惣菜を都市部の食品スーパーに提案し、採用され、実績が出た事例が
あったとする。同じ提案を郊外ロードサイドのスーパーに持って行ったらどうだろう。
「それって、うち向きじゃないよね」と提案自体をはねられるかもしれないし、
単品で「少人数向け」を訴求したところでインパクトは弱く、売り上げ増にはつながらないかも
しれない。
「この事例なら、この得意先A社でも成果につながるだろう」という目利き力が要るのだ。

もう一つ留意しないといけないのは、「横展開」「水平展開」というのは、
「他社で成功した事例を、そっくりそのまま、その得意先に紹介すること」ではない、ということだ。
きっちり成果を出すには、その得意先に適切な事例をセレクトしたうえで、
さらに得意先にあわせて、最適な形にアレンジする能力が問われる。
例えば、「イタリアンフェア」のようなエンド陳列を食品スーパーに提案するとしても、
そのお店の客層やほかの品ぞろえに合わせて、少し高めのオリーブオイルも入れるとか、
アンチョビのような周辺商材を充実化させるといった、細かな「調整」が必要になる。
すなわち、「アジャスト力」である

では、セレクト力とアジャスト力を磨くにはどうすればよいか。
得意先にとって最適な事例を、最適な形にアジャストして提案する。
そこで大事なことは、「何が最適か」は得意先ごとに異なるということだ。
個々の得意先にとっての最適を考えるには、「得意先のことをどれだけ深く知ることができるか」
ということにかかっている。

2013年11月24日日曜日

“俺の”の戦略ストーリー

遅ればせながら、楠木健さんの「ストーリーとしての競争戦略」を読んだ。
「経営センスの論理」から先に入って、この人、すごいなーと思っていたが、
「ストーリーとして競争戦略」を改めて読むと、本当に秀逸である。

戦略論という意味では、一つの到達点だろう。
「なぜ、あの会社儲け続けているのか」を説明するフレームや考え方として
今の時点でこれ以上のものはないかもしれない。

ただ、全部を読み終えて、「アスクル、ガリバー、マブチモーターなど、これで説明できるのって
ごく一部の企業じゃないの?」とは思ってしまった。
考えてみれば当然で、持続的に利益を出し続けている会社が、実は稀だからだ。
が、その後また色々考えてみると、楠木式で説明するとわかりやすい事例が
結構あることに気付く。

最初に思い当たったのは「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」「俺の割烹」などで有名な「俺の」だ。
同書にも秀逸な戦略ストーリーとして説明されているブックオフ創業者の坂本さんが
経営するだけに、「俺の」の戦略ストーリーもよくできている。

坂本さんの著書にもあるように、「高級食材をじゃぶじゃぶ=高原価率」を使って、
「一流の料理人が作る」、「立ち飲み店」というのが、同社のビジネスの骨格だ。
この3つの「合わせ技」というか「掛け合わせ」が「キラーパス」なのだと思う。
普通に考えれば、この掛け合わせは「一見、非合理」だからだ。

「俺の」の「シュート」は、コスト優位である。
「原価率が高いのに、コスト優位」という一見矛盾するものを両立させているのが
「高い回転率」(図の黄色)だ。
俺のを成り立たせている要因は、この「高い回転率」にある。


飲食店のコスト構造はいたってシンプルで、
主なものは「食材原価」「人件費」「家賃」「設備の償却」である。
普通の飲食でいえば食材原価は3~4割が妥当とされる。
「妥当」って誰が決めたかって、人件費も家賃もかかるし、まあそんくらいだよね、
というだけの話だが、「だいたい、どこも回転率は同じようなものだから」という前提での話だというのがミソだ。
上記の原価のうち、人件費、家賃、償却は売り上げに関係なく、ほぼ固定。
だから、回転率すなわち売上さえ伸ばせば、これらの「比率」は下げることができる。
そこで出る儲けは原価を上げることに使っても、全然儲かる、というのが、「俺の」のモデルだ。

従って、回転率を上げることに全ての活動がフォーカスされている。
まず、立ち飲み。行列1時間の後はせいぜい1時間半、ながくて2時間だ。
デザートはあっても珈琲は出さない。それで500円客単価を上げるより、次のお客様を
入れることを優先している。
ランチをしない、というのも一つだ。客数確保と売上のために利幅は薄くともランチをやる、という飲食は少なくない。が、俺のはランチはせず、その時間で仕込みに集中している。
行ってみるとわかるが、オーダーしてから料理が運ばれてくるスピードが異様に早いのは、
仕込みに時間をかけているからだと思う。同時に、ランチをしない、というのは「一流の料理人」
という打ち手にもつながっている。これでランチまでやっていたら、労働時間が長くなりすぎて、
料理人の確保が難しくなるからだ。

そして、「高い回転」は、行列ができるほどの集客があってこそ成り立つ。だから、
ときには「原価率100%超え」のような「思わず人に言いたくなるメニュー」を作り、話題にさせる。
銀座という狭い商圏に集中出店し、広告・販促費をかけずに周知させる。
「ミシュラン星付き料理人」というのも話題の一つ。
イタリアン、フレンチから始まって、割烹、焼き鳥と短期間で多業態展開してるのも、
お客を飽きさせず、集客し続けるための施策。同時にこれは、「一流料理人」というパスとも
つながっている。「イタリアンだけ」といったように一つの料理ジャンルに限ってしまうと、
優秀な人材を大量に雇うのが難しくなるからだ。
さらに、スピーディな出店を可能にしているのは、立ち飲みで相対的にスペースが狭く、
店舗の初期投資が小さいからでもある。これはストレートにコスト優位にもつながっている。

このように、「食材原価は高くても、高回転で、コスト優位」という骨太ロジックを核に、
あらゆる打ち手がつながっている、よくできたストーリーなのである。

他の飲食を考えると、大規模チェーンは、ファミレス、ファストフード、牛丼、回転ずし、
居酒屋、どれも基本的に大量出店による規模のメリットによるコスト優位の論理で動いている。
各社が競うのは、個々の打ち手の洗練度合である。
一方、単純に「いい腕でうまいものを、いいサービスと、ゆったりとした場所」で提供すると自然に高くなる、というのが高級レストランだ。

比べてみると、「俺の」はこれらとは全く違う論理、ストーリーで動いていることがよくわかる。

ただ、話題になれば「真似される」のが飲食業の常である。
しかし、「俺の」は、そのストーリーの「長さ」もよくできており、簡単にまねできるかは疑問だ。
◇話題性→収益→料理人への処遇アップ→ますます優秀な人材が集まる・・・
◇集客→出す料理数の多さ→オペレーションの洗練と、料理人の技能向上→さらに回転アップ・・・
といった好循環サイクルが埋め込まれているからである。
そもそも、他社でやろうと思っても、料理人を集めるのに苦労するし、
「広い厨房で、一日一回転」になれている料理人は、すぐには「俺の」並みのスピードで料理を
出すことは難しいだろう。組織の能力(OC)での差別化も磨かれていっているのだ。

同じような業態でのライバル・競争という意味では、「俺の」は当面、おそらく勝ち続けることが
できる気がする。むしろ、一番怖いのは、移ろいやすい消費者の「飽き」ではないか。
本を売ることに、「飽き」はないし、選択肢は他にあまりないが、無限に選択肢のある食の世界で
「高回転」を維持し続けられるか。
お客様の飽きとの戦いこそが最も厳しい戦いなのかもしれない。

2013年11月21日木曜日

提案書はタイトルが7割

営業活動の中で、「提案書」を作って得意先にプレゼンテーションをしたり、
飛び込みの際に資料としておくる機会は多い。

実は、提案の成否の半分以上は、「表紙」で決まるのではないか、と思う。
何故なら、提案の「ストーリー」がタイトルを含めた表紙に現れるからだ。

商談が成功する提案書のタイトルには「型」がある。
それは、
「〇〇による◇◇のご提案」だ。

〇〇は主に提案しようという自社の商品・サービス、あるいはそれを使った施策
◇◇は、提案する対象の得意先のメリット、言い換えると、この提案によって
得意先が得られるであろう成果である。

例えば、Webサイトの広告を提案する場合なら、
「読者参加型の記事広告による、ママ層ターゲット獲得のご提案」
食材などをスーパーに提案する場合なら、
「メニュー提案型クロスマーチャンダイジングによる、買い上げ点数アップのご提案」
ITシステムによる間接部門のコスト削減なら、
「〇〇システムの導入による、給与計算関連事務コスト削減のご提案」
といったイメージである。

逆に、表紙を受け取った瞬間に、提案を受ける読み手として、がっかりする、
もしくは興味をそそられないのは
「弊社 新商品〇〇のご提案」
といった類のタイトルである。提案先のニーズに関係なく、
「うちが新商品を発売するから、聞いてください」というスタンスがタイトルに
現れてしまっている。これだったら、カタログやパンフレットと一緒である。
「新商品発売か何か知らないけど、そりゃ、御社の都合でしょ」
と中身を開いてもらえないかもしれない。

「期間限定 〇〇キャンペーンのご提案」
などは、「興味はそそられる」かもしれないが、これは要するに
「いくら安くなるの?」という点においてのみ、興味がそそられるのであって、
インパクトのある値引きがない限り、成り立たないタイトルだ。

大事なのは◇◇、つまり、得意先のメリット・成果である。
〇〇の自社の商品・サービスはそれを実現するための手段に過ぎない。
「〇〇による、◇◇のご提案」というタイトルは、
「こちら都合での売込みではなく、ご一緒に御社のビジネスを盛り立てたいと思ってるんです」
というスタンスを表現したものだ。

ポイントは◇◇の中身である。普段からの営業活動や、事前のリサーチを通じて、ここに
「そうそう、うちは今、それが課題なんだよねー」
「そう、この前話をしたことって、まさにそれ、それをやりたいんだよね」
という「刺さる」内容が持ってこれるかどうかが商談の成否を分ける。

だから、◇◇は、なるべく具体的な方がよい。
新しい顧客が増やしたいのなら、具体的に得意先が狙いたいと思っているターゲット像を書く。
コスト削減や業務効率化なら、具体的にどのようなプロセスに効果があるかを書く。

例えば、形式としては「〇〇による◇◇のご提案」という形をとっていても、
「弊社新商品Xによる御社売上アップのご提案」では、
「弊社新商品Xのご紹介」と何ら変わらないのである。
同じ新商品を小売り店に提案するのでも、例えば、自社の新商品が少し高めなら、
「高価格帯商品ラインナップの拡充による、〇〇カテゴリーの利益率アップのご提案」
とすれば、グッとしまる。
ここではあえて、自社の新商品Xの名は出していない。出すとしたら、「サブタイトル」でよい。
ポイントは、「高価格帯商品ラインナップ拡充」という、得意先の「品揃え」において
自社の新商品Xを加える意味を説明していることである。

こういうタイトルをつけると、自然と、提案書の中身・ストーリーも骨格が決まる。
なぜ、得意先にとって高価格帯のラインナップ拡充が必要なのか、という理由を述べ、
実際に導入された場合の、カテゴリーの単価や利益率がどう変化するかの
シミュレーションを示すことになるだろう。
逆に言えば、提案のストーリーが決まってから、それを端的に表すタイトルをつけるのが
正しい順番といえる。

よい提案書はタイトルを見ただけで、中身がわかるものである。
中身がよく考えられていれば、それがタイトルに現れるからだ。
「伝え方が9割」式でいえば、「提案書はタイトルが7割」くらいか。
(完全に雰囲気)

あと、細かいことだが、宛名にも気を付けたい。
「~御中」という得意先の名前は正式名称で。「㈱」や略称は使わない。
名前を間違えるのは言語道断である。
そんなところにも、営業担当者の「姿勢」は現れるし、
得意先も絶対に見過ごさないことを心に刻んでおこう。