2013年12月24日火曜日

ユーザー参加型商品開発はモノづくりのイノベーションにあらず ~「参加」という付加価値~

先日、日経MJにマーケティングの研究者である某大学の某教授の話として、
「ユーザーイノベーション」なるものの話が載っていた。

アマゾンで同教授の本の概要を見ると・・・
「これまでイノベーションというものは、メーカーや研究機関からの専売特許と見られてきたが、インターネット技術の進歩に伴い、広く消費者にイノベーションの道が開かれるようになってきている。この「イノベーションの民主化」によって、企業の製品やサービスづくりが大きく変わり、多様なイノベーションが一気に広がろうとしている。それはまた、「消費者の叡智」をうまく取り込むことで、企業は少ない費用で魅力的な製品を開発できるようになることを意味している。」
だそうな。

まったくわかってないなぁ、という感じである。

3Dプリンターやクラウドソーシングで、モノづくりのハードルは下がっている。
しかし、その話と、従来のメーカーなどのモノづくりの話は全く別だ。
企業の商品開発担当者や経営者は、
「商品やサービスの開発に消費者が参加できるようになったことで
 モノづくり、サービスづくりが変わる」なんて、本気で思っていたら、えらい目にあう。

確かにインターネットが登場し、商品開発のアイデアの段階から、色々意見をもらうことは
簡単になった。実際、エレファントデザインや無印良品などで、そういった企画もある。
しかし、商品開発において、多かれ少なかれ、顧客の意見を聞くことは以前から
やってきたことである。コンセプトの段階から、Web調査などでアンケートを
行って消費者の反応を見たり、例えば食品なら、繰り返し試作品を作り、そのたびに
社内やモニターに意見を聞いて、微修正を行ったりしている。
ある程度の規模のメーカーや企業なら、「独りよがり」にならず、開発のどこかの段階で
消費者の意見は取り入れているものだ。
技術の進歩という意味では、Webリサーチの普及によって、調査コストが格段に下がったこと
の方が、いわゆる「ユーザー参加型のモノづくり」よりも、よっぽどインパクトは大きかった、
というのが筆者の実感だ。
確かにユーザー参加型企画で、たくさんの消費者の意見を集めることはできる。
が、それは以前なら、10人くらいのモニターの意見だったのが、100人の意見が聞けるように
なりましたよね、といった「程度」の問題に過ぎない。
例えば、家電製品で、どっちの色がいいかとか、このスイッチの形はどっちがいいですか
なんてことは、別の手段でいくらでも聞けるのである。

勘違いしてはいけない。
インターネットやSNSの普及によって、商品やサービスの開発に消費者が参加できるように
なって変わったのは、
商品やサービスに「参加」という付加価値が付けられるようになった、ということなのである。
決して、「ユーザーである消費者の意見を、より事細かに、よりリアルに吸い上げられる」
ということではない。

ユーザー参加型の商品開発に参加する人々にとって、その結果、出てきた商品は
「自分がもの申した結果、形になった商品」や
「自分も一票を投じた商品」であり、
自分もその開発のプロセスに「参加した」ということが、他に替えがたい付加価値なのである。
「知り合いが出ている演劇の舞台」にはいこうと思ったり、
「友達のやっているカフェ」に行かなきゃ、と思うのと同じで、「自分が参加した」という
意味で自分との関わりが強いからこそ、「買いたい」と思うだ。

だから、「ユーザー参加型企画」によって消費者の意見を丹念に聞いて、
作り上げたはずの商品が、店頭に並べてみると、意外に売れない、
ということは往々にして起こり得る。
その開発プロセスに「参加」していない、店頭の一般の顧客からみれば、
その商品は、他のどこにでもある商品と大差ないからである。

特に、「ユーザー参加型企画」の常として「多数決による民主主義」でうまれるので、
実は本質的に「尖った商品」はうまれにくい。
日本の自動車や家電が、最初は尖ったコンセプトやデザインであっても、
何段階もの社内の会議・承認を経るうちに「角が取れてつまらないものになる」
と言われるのと同じだ。

従って、ある程度の規模の企業で「ユーザー参加型」の商品企画を行う場合には
次の二点に留意しなくてはならない。

一つは参加」してもらう人の数・規模感である。
上記の通り、「参加してもらうことそのものが付加価値」なので、
できる限り、「買ってほしい数」と「参加してほしい数」は近い方が望ましい。
特に家電や家具など、単価が高い商品の場合は、「参加者+α」でさばけるくらいの
量がよい。この規模感、すなわち、「桁」を間違えると、思いがけない在庫の山となってしまう
ので注意が必要だ。
「参加していない人には、たいして魅力がない」ということを深く認識しておくべきである。

商品開発そのものではないが、「参加型企画」の規模感という意味で、
よくできたキャンペーンの例は、爽健美茶のリニューアルに伴って行われた「国民投票」である。
味やパッケージのリニューアルを行う際、プレゼントやサンプリングによって新しい商品を
試してもらう、というのが通常のやり方だが、ここに「参加型」の仕掛けをうまく入れて、
国民投票という形にした。結果、45:55で新しい方の爽健美茶が選ばれたわけだが、
150万票もの投票が行われている。「参加」型の企画としては、実売に一定の貢献をした
数少ない事例だと思う。

二つ目は「いかに気持ちよく参加」してもらうか」である。
「参加してもらうこと」自体が付加価値なので、目標とする参加人数の人に
いかに気持ちよく、参加してもらうかがカギである。
気軽に参加できるようにする工夫も必要だし、適度な「盛り上がり」も欠かせない。
間違っても「いかに消費者のニーズ、インサイトを引き出すか」なんて思ってはいけない。
それは消費者に見えない「裏側」で真剣にやればいいのである。
サッポロビールの「100人ビール」プロジェクトは、「参加の楽しみ」という意味では
色々な仕掛けを行っている。味やアルコール度数など、投票を複数回に分けて参加の機会を
増やしたり、ポイントを与えて、ポイント上位者は完成記念イベントに招待するなどしている。
のべ参加人数が1万人程度で、ネット限定での販売にとどまるなど、ビールの販売としての
規模感は全く足りず、あくまで「実験」の域を出ない。が、「参加そのものを楽しませる仕掛け」
としては、他の業種でも参考にできるところはありそうな企画である。

政治の世界など、「何でもかんでも民主化」がいいとされ、「プロフェッショナル」が軽視される
のは問題だと思う。同様に、企業の商品企画開発を含めたマーケティングは、
「プロフェッショナリズム」が極めて大事な分野だ。
この大事な機能において、本気で「ユーザー主導」などと、思考放棄の過ちを起こすようなことが
あってはならない、と思う。

2013年12月2日月曜日

シーンを切り取って商機を見出す その2 ~高齢者専門の引越し業者~

「人生に何度かしかないシーンを切り取ると、そこに商機が生まれる」という事例のその2である。
今回は「引っ越し」だ。

大阪にあるセイコー運輸という会社が手掛けている、
「シルバー住むーぶ」という、高齢者に特化した引っ越しサービスがある。
http://silver.sumove.com/

「高齢者の引っ越し」と一口に言っても色々あって、
それまで一戸建てに住んでいた70代が夫婦が、「ちょっと便利な駅前のマンションに引っ越すか」
みたいな引っ越しもあれば、
「都会暮らしも飽きてきたから、これからは田舎暮らしだ!」なんて引っ越しもあるかもしれない。
セイコー運輸が行う引っ越しは、そういうところではなく、
介護度が高くなって施設に入らないといけない、とか、逆に事情があって、施設から
自宅に戻るとか「介護前後」の引越しである

実はサービス内容として、特別なメニューがあるわけではない。
(のちに、遺影撮影サービスなどを始めているが、これはあくまでオマケである)
やっていることはいたってシンプルに、家財の片付けや、引っ越しそのものである。
経営者を含めてホームヘルパーの資格保有者がいるということと、
もう一つは、ケアマネジャーや、介護施設に対して、販促・営業活動を行っている、という点に
特徴がある。

元々は地域の運送会社がはじめた新規事業なのだが、
「自宅から介護施設間の引越し」というマーケット設定がミソである。

第一に近距離にほぼ限られること。若年層やそれ以外の転勤族の引っ越しとなると
関西から関東へ、といった広域の引っ越しもあり得る。こうなると、全国展開の大手引越し
チェーンが圧倒的に有利だ。しかし、介護が必要な方の場合、自宅と入居する施設は
近いことがほとんどである。これは地場で展開する中小事業者にとってメリットだ。

第二にケアマネジャーや施設に営業をかけることで、広告費もかける必要なく、
「リピート」がもらえる。
一般の個人の引越しの多くは、ほとんど個人が頼むものであり、よほどの転勤族でない限り
「リピート」の機会は少ない。しかし、介護施設への引越しの場合、そこにケアマネジャーや施設
の影響力が大きくなる。
「こんな業者がありますけど、どうされますか」という推奨をしてくれるのである。
介護業界の人や、介護経験のある人はわかると思うが、
「自宅から施設に入る際の引っ越し」というのは、「切羽詰まった」特殊な状況だ。
「認知症がひどくなって自宅で暮らせなくなる」とか「自宅で介護をしていたけど、転倒を
してしまって、自宅で暮らせなくなる」といったケースが多いのである。
こういうシチュエーションにおいて、
目に見える特別なメニューがなくても、「勝手を知っている」ことだけで、十分価値がある。
お金を払う高齢者のご家族にとっても安心感があるし、
できるだけ、トラブルなく、無事に引っ越しを済ませたいと思っている、
ケアマネや高齢者施設にとって、「同じ言語・肌感覚で話ができる」というのは大きい。

結果として、チラシやWEBといった「一般マス向け」のプロモーションに資源を割くことなく、
地域のケアマネや施設に営業に行くだけ、という固定費のみ世界で仕事が入る。
しかも、一度頼んでうまく引越しを済ませれば、ケアマネジャーや施設は次からも
推奨してくれるだろう。一般の消費者向けの引越しでありながら、実はB2Bのような安定した
ビジネスの仕方ができるのだ。

第三に「相見積もりなく」引っ越しの注文がとれる。
上記のような状況なので、家族にとっても、いろんな業者を比較検討している暇や余裕などなく、
「相見積もり」をとって、というケースはかなり少ないと想定される。
推奨するケアマネや施設側も、何度か頼んで、「勝手を知ってくれてる」関係ができあがると、
よほど問題を起こさない限り、あえて「他のもっといい業者を探そう」という動機は
働かないだろう。
「引っ越し」で検索をたたけば、価格比較サイトで数社の見積もりがあっという間に取れる
現在、「比較や相見積もりなし」の利点は大きい。

セイコー運輸はこの「ノウハウ」を全国の地域運送会社・引越し会社に提供し始めており、
このモデルが全国で通用することが立証されている。

面白いのは、同社が「市場を絞って、それを市場に表明した」だけで、
特別なメニューを開発したり、投資を行ったわけでもない、ということだ。
ヘルパー2級という資格も、経営者が元々祖母の介護のときに取得したものだというから、
実質、初期投資ゼロである。
競争が激しくなったり、事業が行き詰ったとき、「絞る」ことで活路が見いだせることが
あるかもしれない。

2013年11月30日土曜日

シーンを切り取って商機を見出す ~陣痛タクシーの例~

ターゲティングする際に、年齢や性別、年収、職業といった「人」でセグメントすることに加えて、
「シーン」でのセグメンテーションが有効な場合がある。
特に、人生に一度、もしくは何度かしかない」というシーンは、
ユニークなサービスを生み出す可能性を秘めている。

タクシー会社の日本交通が提供する「陣痛タクシー」もそうしたサービスの一つだ。
事前にお迎え先、病院、出産予定日などを登録しておくと、
もし陣痛になっても、電話一本でタクシーが駆けつけてくれ、行き先を道案内する必要もなく、
病院に連れて行ってくれる、というものだ。
通常のタクシー配車のコールセンターとは別途、専用のコールセンターを用意しており、
24時間365日対応で、「電話をかけたけど、つながらない」ということもない、という。
登録は無料、お迎え料金400円がかかるだけで、料金は通常のタクシーと同じだ。

「急な陣痛がきて、とりあえず、病院に電話したら、すぐ来てくださいって
いわれたから、タクシー会社に電話したけど、全然つながらないし、やっとつながって
来たと思って、すんごい痛い思いの中、必死の思いで、行き先の病院伝えたのに、
運転手が道わからなくって、ひぃひぃいいながら、道を伝えてるのに、
運転手の態度も悪くって、『大丈夫ですか』の一言もいわないし・・・」とか。
実際、ありそうなシーンだ。

男なので陣痛のつらさは想像でしかないが、本当に大変なんだと思う。

逆にこんなシーンで、電話がすぐつながって、
「〇〇様ですか、陣痛ですか?大丈夫ですよ、すぐにタクシー向かいますからね」
とコールセンターの対応もあたたく、
運転手も
「〇〇病院ですよね、10分で着きますから、もうちょっと頑張ってくださいね、つらかったら
横になっておいてください」
みたいな声をかけて、要領よく、病院まで連れ行ってくれたら、どんなにうれしいことか。
出産の、しかも陣痛がきて、まさにこれから、という人生の一大イベントをともにした、
そのタクシー会社=日本交通の名前は、そのお客様の心に刻まれることだろう。
なんだったら、運転手の名前まで覚えてしまうかもしれない。
(陣痛だとそれどころじゃないか)

こうしたサービスが不安を抱える妊婦さんたちの心をとらえ、
平成24年5月からスタートして1年で登録2万件、利用数7,700件の利用があったという。
なんと都内の妊婦の20%が登録してるのだそうだ。

日本交通がえらいのは、ドライバー7,000名に対して、研修・教育を実施しており、
全ドライバーが陣痛タクシーに対応できる、という点だ。
おそらく、これが「一部のドライバーは」とかに限定してしまうと、都内の幅広いエリアに対して、
スムーズな配車を実現できないのだろう。
それにしても、7,000名全員というところに、会社としての本気度を感じる。

この陣痛タクシーは通常のタクシーと同じ料金であり、これ自身で儲けようというのではない。
が、陣痛タクシーをきっかけに日本交通を「指名」する顧客は間違いなく増えるだろう。
出産後も小さい子供を持つ母親は、検診など、何かと病院への行き帰りタクシーが
必要となる機会は多い。

これは推測だが、そうした「陣痛後の顧客の獲得」ということ以上に、
ドライバーのモチベーションとかやりがいといったものに、このサービスは
つながっている気がする。
出産という人生の一大イベントの一部をお客様とともにし、そこで感謝されるという幸せ。
それは自分の仕事に対する誇りや意義を見つめなおす機会を与えてくれるのではないか。

陣痛タクシーの真の効果は、「指名買い顧客の獲得」といったこと以上に、
そんなところにあるのかもしれない。

2013年11月29日金曜日

提案営業に必要なスキル ~セレクト力とアジャスト力~

営業はクリエイティブな仕事だ。

「自分がいなかったら、存在しなかったであろう成果を顧客と自社にもたらす・作り出す」
のが営業の役割だからである。

「クリエイティブ」だといっても、「クリエイター」に求められる素養がいるとか、
POPのコピーのセンスが必要だとか(それはそれであるに越したことはないが)、
アイデアマンじゃないといけないとか、そういうことを言っているのではない。
(「クリエイター」と称したり、広告を作る人の中で、本当の意味で「クリエイティブ」な人は
 一握りな気がするが・・・)

いわゆる「提案営業」の仕事は「0から1の事例づくり」よりも、
「成功事例の横展開」の方が圧倒的に多いからだ。

例えば食品メーカーの営業がレストランに新しいメニューを提案するとしよう。
全く新しいメニューであれ、日本で知られていないどこかの国の料理であれ、
それを採用しているレストランがない限り、そのメニューが売れるか、売れないかは
誰にもわからない。
最近、回転ずしのくら寿司では、コンビニのような挽き立て珈琲を提供し始めたが、
これも回転ずしチェーンでは初めての試みだ。実際にどのくらいの成果が出るかは
いくら入念にリサーチをしたとしても、「やってみないとわからない」世界である。

営業活動で得意先に提案するとき、その提案が得意先にとって斬新であればあるほど、
それは少なからず、「実験」という色彩が強くなる。
得意先に対しても、「成果が出るかどうかは、やってみないとわからない部分はありますが、
他社に先駆けてやってみませんか」と了承を得なければすすめられない。
(やってこともないのに、「確実に成果が出ます」というのは嘘をいうようなもの)
その分、条件面で優遇したり、まずは「1店から実験」みたいなことで進めるわけだ。

新しい市場を作ったり、新しい用途を広げていくには、こうした「実験」が欠かせない。
しかし、「実験だけ」では、手間と苦労がかかるわりに「目先の数字」には結び付きにくい。
「実験」はある種の「弾込め」である。提案できる武器を作り、それをもとに「横展開」「水平展開」
して数字に結びついていく。

提案のベースとなる武器=事例は何も自分の営業活動だけから作り出す必要はない。
周りの同僚や、上司や、ほかの営業所の営業パーソンの事例など、社内中から
引っ張ってくるべきだ。

問題は、数ある事例の中から、自分の担当する特定の得意先に、「いま」、「最適な」
事例をチョイスできるかである。事例の「セレクト力」だ。
「最適な」というのは、得意先の方針にゃ戦略、課題と合致し、その提案が成果に結びつくか
どうか、ということだ。
ある得意先では成果が出た提案でも、ほかの得意先にはマッチしない、あるいは
やっても今一つ成果が出ない、ということは十分ありえる。
例えば、全国的に高齢の単身者や夫婦二人暮らしが増えているということで、一人や2人に
あった食べきりサイズの惣菜を都市部の食品スーパーに提案し、採用され、実績が出た事例が
あったとする。同じ提案を郊外ロードサイドのスーパーに持って行ったらどうだろう。
「それって、うち向きじゃないよね」と提案自体をはねられるかもしれないし、
単品で「少人数向け」を訴求したところでインパクトは弱く、売り上げ増にはつながらないかも
しれない。
「この事例なら、この得意先A社でも成果につながるだろう」という目利き力が要るのだ。

もう一つ留意しないといけないのは、「横展開」「水平展開」というのは、
「他社で成功した事例を、そっくりそのまま、その得意先に紹介すること」ではない、ということだ。
きっちり成果を出すには、その得意先に適切な事例をセレクトしたうえで、
さらに得意先にあわせて、最適な形にアレンジする能力が問われる。
例えば、「イタリアンフェア」のようなエンド陳列を食品スーパーに提案するとしても、
そのお店の客層やほかの品ぞろえに合わせて、少し高めのオリーブオイルも入れるとか、
アンチョビのような周辺商材を充実化させるといった、細かな「調整」が必要になる。
すなわち、「アジャスト力」である

では、セレクト力とアジャスト力を磨くにはどうすればよいか。
得意先にとって最適な事例を、最適な形にアジャストして提案する。
そこで大事なことは、「何が最適か」は得意先ごとに異なるということだ。
個々の得意先にとっての最適を考えるには、「得意先のことをどれだけ深く知ることができるか」
ということにかかっている。

2013年11月24日日曜日

“俺の”の戦略ストーリー

遅ればせながら、楠木健さんの「ストーリーとしての競争戦略」を読んだ。
「経営センスの論理」から先に入って、この人、すごいなーと思っていたが、
「ストーリーとして競争戦略」を改めて読むと、本当に秀逸である。

戦略論という意味では、一つの到達点だろう。
「なぜ、あの会社儲け続けているのか」を説明するフレームや考え方として
今の時点でこれ以上のものはないかもしれない。

ただ、全部を読み終えて、「アスクル、ガリバー、マブチモーターなど、これで説明できるのって
ごく一部の企業じゃないの?」とは思ってしまった。
考えてみれば当然で、持続的に利益を出し続けている会社が、実は稀だからだ。
が、その後また色々考えてみると、楠木式で説明するとわかりやすい事例が
結構あることに気付く。

最初に思い当たったのは「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」「俺の割烹」などで有名な「俺の」だ。
同書にも秀逸な戦略ストーリーとして説明されているブックオフ創業者の坂本さんが
経営するだけに、「俺の」の戦略ストーリーもよくできている。

坂本さんの著書にもあるように、「高級食材をじゃぶじゃぶ=高原価率」を使って、
「一流の料理人が作る」、「立ち飲み店」というのが、同社のビジネスの骨格だ。
この3つの「合わせ技」というか「掛け合わせ」が「キラーパス」なのだと思う。
普通に考えれば、この掛け合わせは「一見、非合理」だからだ。

「俺の」の「シュート」は、コスト優位である。
「原価率が高いのに、コスト優位」という一見矛盾するものを両立させているのが
「高い回転率」(図の黄色)だ。
俺のを成り立たせている要因は、この「高い回転率」にある。


飲食店のコスト構造はいたってシンプルで、
主なものは「食材原価」「人件費」「家賃」「設備の償却」である。
普通の飲食でいえば食材原価は3~4割が妥当とされる。
「妥当」って誰が決めたかって、人件費も家賃もかかるし、まあそんくらいだよね、
というだけの話だが、「だいたい、どこも回転率は同じようなものだから」という前提での話だというのがミソだ。
上記の原価のうち、人件費、家賃、償却は売り上げに関係なく、ほぼ固定。
だから、回転率すなわち売上さえ伸ばせば、これらの「比率」は下げることができる。
そこで出る儲けは原価を上げることに使っても、全然儲かる、というのが、「俺の」のモデルだ。

従って、回転率を上げることに全ての活動がフォーカスされている。
まず、立ち飲み。行列1時間の後はせいぜい1時間半、ながくて2時間だ。
デザートはあっても珈琲は出さない。それで500円客単価を上げるより、次のお客様を
入れることを優先している。
ランチをしない、というのも一つだ。客数確保と売上のために利幅は薄くともランチをやる、という飲食は少なくない。が、俺のはランチはせず、その時間で仕込みに集中している。
行ってみるとわかるが、オーダーしてから料理が運ばれてくるスピードが異様に早いのは、
仕込みに時間をかけているからだと思う。同時に、ランチをしない、というのは「一流の料理人」
という打ち手にもつながっている。これでランチまでやっていたら、労働時間が長くなりすぎて、
料理人の確保が難しくなるからだ。

そして、「高い回転」は、行列ができるほどの集客があってこそ成り立つ。だから、
ときには「原価率100%超え」のような「思わず人に言いたくなるメニュー」を作り、話題にさせる。
銀座という狭い商圏に集中出店し、広告・販促費をかけずに周知させる。
「ミシュラン星付き料理人」というのも話題の一つ。
イタリアン、フレンチから始まって、割烹、焼き鳥と短期間で多業態展開してるのも、
お客を飽きさせず、集客し続けるための施策。同時にこれは、「一流料理人」というパスとも
つながっている。「イタリアンだけ」といったように一つの料理ジャンルに限ってしまうと、
優秀な人材を大量に雇うのが難しくなるからだ。
さらに、スピーディな出店を可能にしているのは、立ち飲みで相対的にスペースが狭く、
店舗の初期投資が小さいからでもある。これはストレートにコスト優位にもつながっている。

このように、「食材原価は高くても、高回転で、コスト優位」という骨太ロジックを核に、
あらゆる打ち手がつながっている、よくできたストーリーなのである。

他の飲食を考えると、大規模チェーンは、ファミレス、ファストフード、牛丼、回転ずし、
居酒屋、どれも基本的に大量出店による規模のメリットによるコスト優位の論理で動いている。
各社が競うのは、個々の打ち手の洗練度合である。
一方、単純に「いい腕でうまいものを、いいサービスと、ゆったりとした場所」で提供すると自然に高くなる、というのが高級レストランだ。

比べてみると、「俺の」はこれらとは全く違う論理、ストーリーで動いていることがよくわかる。

ただ、話題になれば「真似される」のが飲食業の常である。
しかし、「俺の」は、そのストーリーの「長さ」もよくできており、簡単にまねできるかは疑問だ。
◇話題性→収益→料理人への処遇アップ→ますます優秀な人材が集まる・・・
◇集客→出す料理数の多さ→オペレーションの洗練と、料理人の技能向上→さらに回転アップ・・・
といった好循環サイクルが埋め込まれているからである。
そもそも、他社でやろうと思っても、料理人を集めるのに苦労するし、
「広い厨房で、一日一回転」になれている料理人は、すぐには「俺の」並みのスピードで料理を
出すことは難しいだろう。組織の能力(OC)での差別化も磨かれていっているのだ。

同じような業態でのライバル・競争という意味では、「俺の」は当面、おそらく勝ち続けることが
できる気がする。むしろ、一番怖いのは、移ろいやすい消費者の「飽き」ではないか。
本を売ることに、「飽き」はないし、選択肢は他にあまりないが、無限に選択肢のある食の世界で
「高回転」を維持し続けられるか。
お客様の飽きとの戦いこそが最も厳しい戦いなのかもしれない。

2013年11月21日木曜日

提案書はタイトルが7割

営業活動の中で、「提案書」を作って得意先にプレゼンテーションをしたり、
飛び込みの際に資料としておくる機会は多い。

実は、提案の成否の半分以上は、「表紙」で決まるのではないか、と思う。
何故なら、提案の「ストーリー」がタイトルを含めた表紙に現れるからだ。

商談が成功する提案書のタイトルには「型」がある。
それは、
「〇〇による◇◇のご提案」だ。

〇〇は主に提案しようという自社の商品・サービス、あるいはそれを使った施策
◇◇は、提案する対象の得意先のメリット、言い換えると、この提案によって
得意先が得られるであろう成果である。

例えば、Webサイトの広告を提案する場合なら、
「読者参加型の記事広告による、ママ層ターゲット獲得のご提案」
食材などをスーパーに提案する場合なら、
「メニュー提案型クロスマーチャンダイジングによる、買い上げ点数アップのご提案」
ITシステムによる間接部門のコスト削減なら、
「〇〇システムの導入による、給与計算関連事務コスト削減のご提案」
といったイメージである。

逆に、表紙を受け取った瞬間に、提案を受ける読み手として、がっかりする、
もしくは興味をそそられないのは
「弊社 新商品〇〇のご提案」
といった類のタイトルである。提案先のニーズに関係なく、
「うちが新商品を発売するから、聞いてください」というスタンスがタイトルに
現れてしまっている。これだったら、カタログやパンフレットと一緒である。
「新商品発売か何か知らないけど、そりゃ、御社の都合でしょ」
と中身を開いてもらえないかもしれない。

「期間限定 〇〇キャンペーンのご提案」
などは、「興味はそそられる」かもしれないが、これは要するに
「いくら安くなるの?」という点においてのみ、興味がそそられるのであって、
インパクトのある値引きがない限り、成り立たないタイトルだ。

大事なのは◇◇、つまり、得意先のメリット・成果である。
〇〇の自社の商品・サービスはそれを実現するための手段に過ぎない。
「〇〇による、◇◇のご提案」というタイトルは、
「こちら都合での売込みではなく、ご一緒に御社のビジネスを盛り立てたいと思ってるんです」
というスタンスを表現したものだ。

ポイントは◇◇の中身である。普段からの営業活動や、事前のリサーチを通じて、ここに
「そうそう、うちは今、それが課題なんだよねー」
「そう、この前話をしたことって、まさにそれ、それをやりたいんだよね」
という「刺さる」内容が持ってこれるかどうかが商談の成否を分ける。

だから、◇◇は、なるべく具体的な方がよい。
新しい顧客が増やしたいのなら、具体的に得意先が狙いたいと思っているターゲット像を書く。
コスト削減や業務効率化なら、具体的にどのようなプロセスに効果があるかを書く。

例えば、形式としては「〇〇による◇◇のご提案」という形をとっていても、
「弊社新商品Xによる御社売上アップのご提案」では、
「弊社新商品Xのご紹介」と何ら変わらないのである。
同じ新商品を小売り店に提案するのでも、例えば、自社の新商品が少し高めなら、
「高価格帯商品ラインナップの拡充による、〇〇カテゴリーの利益率アップのご提案」
とすれば、グッとしまる。
ここではあえて、自社の新商品Xの名は出していない。出すとしたら、「サブタイトル」でよい。
ポイントは、「高価格帯商品ラインナップ拡充」という、得意先の「品揃え」において
自社の新商品Xを加える意味を説明していることである。

こういうタイトルをつけると、自然と、提案書の中身・ストーリーも骨格が決まる。
なぜ、得意先にとって高価格帯のラインナップ拡充が必要なのか、という理由を述べ、
実際に導入された場合の、カテゴリーの単価や利益率がどう変化するかの
シミュレーションを示すことになるだろう。
逆に言えば、提案のストーリーが決まってから、それを端的に表すタイトルをつけるのが
正しい順番といえる。

よい提案書はタイトルを見ただけで、中身がわかるものである。
中身がよく考えられていれば、それがタイトルに現れるからだ。
「伝え方が9割」式でいえば、「提案書はタイトルが7割」くらいか。
(完全に雰囲気)

あと、細かいことだが、宛名にも気を付けたい。
「~御中」という得意先の名前は正式名称で。「㈱」や略称は使わない。
名前を間違えるのは言語道断である。
そんなところにも、営業担当者の「姿勢」は現れるし、
得意先も絶対に見過ごさないことを心に刻んでおこう。

2013年11月15日金曜日

これからの営業は「売り込み」ではなく、「お役立ち」

「営業」というと、モノ・サービスを売る仕事である。

営業担当者自身でも「今月も『売り込んで』、ノルマあげなけきゃ」と日々、走り回っている
人は多いと思う。

しかし、これからの営業担当者のマインド・心の持ちようとして、「売り込み」という
発想は捨てたほうがいいのではないかと思う。
「売り込み」というと、自社の売上や利益をあげるために、
「余分なものを買わせる」「ちょっとでも多く買ってもらう」といった、どちらかというと
顧客・取引先の「不利益」につながるネガティブなイメージがある。

実際、「売り込もう」と思って営業活動をしている人は結果として、売上や利益を
あげられないことが多い。
一つには、顧客・取引先から「売込み光線」を見透かされるからだ。
売込み姿勢が目立つと、「こいつ、また、自分のところの都合で商談に来たな」と思われて、
そもそも、きちんとした信頼関係を築くことが難しい。
もう一つは、実際に顧客・取引先がビジネスとしての成果を上げられないからでもある。
消費財メーカーの小売り店への営業を考えるとわかりやすいが、「売り込もう」と思っている
担当者は、商品の導入が決まり、自社の売上が立った時点で、「よし!売込み完了!」と
思っているので、その先にあまり気を配らない。入荷した商品が回転していなかったとしても、
置き場所を変えるなり、POPなどの販促で、なんとか小売店で消費者に手に取ってもらような
施策を考える、ということがおろそかになる。

逆に、営業活動で成果を上げている人は、
「いかに自社の商品・サービスを手段(ツール)として、顧客・取引先のビジネスに役立つか」
という「お役立ち」の発想で仕事をしている。
焦点は、顧客・取引先のビジネス成果である。
これを「本気」で考えられるかどうか、が極めて重要だ。

上記の消費財メーカーの小売店への営業でいえば、自社の商品の売上の限らず、
担当する小売り店の棚(カテゴリー)全体の売上や利益を上げることを「真剣に」考えている。
「ちょっとこの棚の棚割り考えてみてよ」と顧客・得意先に言われたときに、
(こういってもらえるまでが、実際、大変なのだが・・・)
いかにして、その棚の成果を最大にするかを考え、提案する。
自社の都合を考えれば、自社商品で埋め尽くせばいい。
が、よっぽどのメーカーでない限り、自社の「3番手、4番手」の商品よりも、
他社の売れ筋を入れたほうが、棚としての成果は高まる。
こういうときに、ギリギリまで自社の商品も入れつつ、他社の売れ筋も入れた提案ができるか
どうかが、継続的に営業で成果あげられるかどうかの分かれ目だ。

昔ならともかく、今は「成果・結果はシビアに数字で出る」ということを忘れてはならない。
そう、おそらく、POSも普及していないような高度成長期は「売込んで」おいても、モノは売れたし、
その結果をギリギリ問われることもなかったのだろう。
「カテゴリー単位の売上・回転」なんてものは雰囲気でしかわからなかったのだから。
今は、売っているものがなにであれ、「導入後の効果」が厳しく問われるのが当たり前なのである。

顧客・得意先のビジネス成果を一番に考える、といっても、なんでもかんでも
顧客の要求通りにするとか、自社の利益を犠牲にせよ、といっているのではない。
極端な話、値引きして売れば、顧客の利益になる。
しかし、あくまでこれは短期の話だ。「特別条件」みたいな話は一時的には可能でも
長くは続かない。
だいいち、値下げして売上を上げるなんてことは、バカでもできる。
いかに、自社の利益を削らずに、顧客・得意先の成果を最大化できるかに
「知恵」を使う必要があるのだ。

なお、これは姿勢の問題なので、「売り込み」を「提案」という言葉に変えても、
中身が一方的な自社都合でのPRになっていたら同じだ。
「当社の新商品なので、ご提案します」
「ただいま、キャンペーン中なので、ご提案します」
というのは、典型的な「売込み」である。

そうではなく、いかに自社の商品を使って、顧客・得意先のビジネスに「お役立ち」ができるか。
いかにしてお客様のビジネス成果を大きくできるか、その発想が大事だ。
これは顧客・得意先の担当者と目線・ゴールをそろえる、ということでもある。
ゴールが一つになり、ベクトルがそろえば、商談の場でともに戦う「同志」として、
議論できるようになる。
「売込みばっかりで面倒くさいヤツ」と思われるか、
「何かうちにトクになる話を持ってきてくれる、一緒に話ができるパートナー」
と思われるか、それは、姿勢次第なのである。
成果が出れば、得意先に感謝もされる。
目の前の人に喜ばれたり、感謝されれば、仕事は断然、楽しくなるものだ。

2013年11月13日水曜日

コンビニコーヒー戦争 ローソンがセブンイレブンに勝てない本当の理由

コンビニでいれ立てのコーヒーを飲むのが当たり前になって、
最近、そのたびに「うーん」と考えさせられるのがローソンのコーヒーだ。

セブンイレブンで挽き立てが100円となった今、180円(ポンタで割引がついても150円)は
どう考えても割高である。
僕の行く店では、50代と思しきパートのおばちゃんが、どう見ても似合っていない
カフェ風エプロン姿で手渡ししてくれる。
しかし、おばちゃんはレジ係でもあるので、手を消毒し、コーヒーを入れて、ふたを閉める間は
レジで行列をしている人たちは「ちょっとお待ちください」とお預けを食う。さらに困ったことに、
コーヒーの受け取り口は店の出口に近く、一番奥側のレジでコーヒーを注文しようものなら、
その距離約5メートルである。作業と移動の往復にして10秒。
普段はどうということのない10秒だが、オフィス街の昼下がり、13時から再度始業開始ですよ、
というコンビニでは永遠のような10秒間だ。

「セブンイレブンみたいに、セルフにしたらいいのに」
と、僕に限らず、ローソンでコーヒーを買った人の90%が思っているに違いない。
中には、ラッキーにも、コンビニのバイトのお姉さんが超かわいくて、
「あのお姉さんから手渡ししてもらえるのが、一日の最高の癒し」みたいな男子も
10%くらいはいるかもしれないが・・・。

導入当初はスタバのようなコーヒーチェーンを想定して、「手渡し」にしたのだろう。
衛生面の気遣いもあったかもしれない。
また、「レジが行列を作る」みたいな場面の少ない地方のコンビニは手渡しでも
問題ないかもしれない。
が、コンビニでコップに入ったコーヒーを飲むのは都市部で働く人たちで、
それも出勤前と昼休み休憩がピークに決まっている。その時間帯はたいてい、レジは行列だ。

その中で、あの「コーヒー手渡し」は、どう考えても、機会損失のもとだ。
「あ、ローソンはレジこんでるから、他にしよ」となっても、何ら不思議はない。

コーヒーの件に限らず、どうも最近のローソンは、賢い本部スタッフが戦略考えました」色
強い気がしてならない。ナチュラルローソンにしても、「街のヘルスステーション宣言」にしても、だ。
確かに、戦略としては一見正しそうに見える。王者であるセブンイレブンと違う競争ポジションで
戦う、というのは「教科書的な戦略論」でいうと、すごく王道だし、納得感もある。
(「ストーリーとしての競争戦略」で有名な楠木先生風に言うと、SP(ストラテジックポジショニング)  的競争戦略の典型)

が、しかし、なんだか頭でっかちなのである。
その戦略を描いた人たちは、この現場、売り場の、レジ内のドタバタを見たのか?と。
「あー、もう13時には戻らないといけないのにー」と、スイーツ片手にイライラしている
OLさんたちの表情を見たのか、と。

先日、新聞では「コーヒーは粗利率も高いので、加盟店ももっと積極的に売ってほしい」
という新浪CEOの談話が載っていて、
「いやー、売りたくても売れないんじゃないの、オペレーション大変だし」と、思わず
突っ込みを入れたくなった。
少なくともオフィス街平日昼のローソンレジで「ご一緒にコーヒーもいかがですか?」という
余裕なんてどこにもない。
その前に、機械も必要に応じて入れ替えて、セルフ化だろ、と思う。

そんなことを考えていたら、今日の日経MJにセブンイレブンのコーヒーの記事が載っていた。
後発ということもあり、味の素AGFと富士電機の協力を得て、2年の開発期間を経て、
満を持して投入したという。
確かに、目の前でコーヒーをがりがりと挽くシズル感、取り出し口のカバー(衛生、安全、香りが広がる効果)、出来上がった際のピーピー音(サンクスにはこれがない)、出来上がりのスピード、
メンテナンスの早さなど、セブンのものは完成度が高い。
そして100円という価格。
それはもう、圧倒的にセブンに軍配があがる。
ローソンの平均日販60杯に対し、セブンは90杯というのもうなずける。

セブンの攻勢に対して、ローソン他、各社も対抗策を出すという。
ローソンは期間限定で高級希少種を使ったコーヒーを出すとともに、
サービスをより充実させるために、「接客やコーヒーの専門知識を問う社内の資格制度の
資格保有者を現在の4倍に当たる2,000人に増やす」らしい。

ん??ちょっと、それ、努力の方向、間違ってませんかね?!
高級希少種はともかく、
「サービスを充実」って。コンビニのコーヒー手渡しに何の専門知識とサービスが必要だと
いうのか・・・。
コーヒーの専門知識を問うくらいだったら、手渡しできるのは「かわいい子か、イケメンに限る」とかの方が効果高そう・・・。
そして、コンビニにおける最上のサービスとは「混雑しているレジでストレスを感じさせないこと」ではないのか。

同じ今日のMJによると、セブンの鈴木会長は常々、社内に
「他社を見るな、お客の変化だけ見ろ」と言っているという。
おそらく、セブンにとっては「お客の変化」の大事な要素の一つとして、
「現場」「売り場」が入っているに違いない。
会議室で、ライバルをきっちり分析し、きれいなポジショニングマップを書いていそうな
(完全に想像ですけど)、ローソンとは、実に対照的だと思いませんか。

2013年11月11日月曜日

マーケティングインフラとしてのTポイント

Tポイントが購買データの食品や日用品メーカーへの提供を開始する。
多数の加盟店から集めた購買データから、特定の商品の購入者のプロフィールや
他の商品の購入状況、思考などを分析して提供するという。

「ビッグデータでマーケティングがかわる」系の話は大半が幻想だと思うが、
これはやり方次第で、使える「インフラ」になりそうだ。
特に有効なのは、消費者調査に大きな費用をかけられない中堅・中小メーカーだ。

消費財メーカーといっても、アサヒ、キリン、サントリー、キユーピー、カゴメ、日清食品、グリコや、資生堂、花王、ライオンといった1,000億円を超えるような大手メーカーばかりではない。
ギョーザ専業メーカー、豆菓子専門メーカー、傘メーカー、ホームセンターに雑貨や鍋を作っている
会社などなど、地方に行くと、消費財を作って、スーパーやホームセンター、ドラッグ、コンビニなどにおさめている数億から数十億規模の会社がかなりある。

そういう会社に勤めたことがある人ならわかると思うが、実はこういうところでは、
「実際のところ、自社の商品を買っているのはどういう人か」ということが、
びっくりするくらい見えていない。

上にあげた大手企業の中で、「ちゃんとマーケティングをやっている会社」なら、
ネット調査などを使って、おおよその商品ごとの顧客像はつかんでいる。
「ターゲット設定」はマーケティングの根幹であり、実際に想定通りの顧客層に受け入れられたか
どうかを確認しておけば、適切な「次の一手」が打てるからだ。

しかし、中堅・中小企業はそうはいかない。数百万円の調査予算なんてどこにもないし、
そもそも、ネットモニターから「自社の顧客」を探すだけで一苦労である。有名ブランド商品
でなければ相当出現率が低いし、「〇〇のこんにゃく」みたいな一般名称に近い商品だと、
自社商品の顧客を識別することすら難しい。
「知ることが難しい」と、次第に、そのことへの関心も薄れていく。
「最終の顧客」という、メーカーにとって最も重要なものであっても、だ。

かわりに重視されるのが、スーパーのバイヤーなど、流通の声である。
「A社で売れている、あれよりちょっと安いの持ってきて」
「B社と同じ価格で、もうちょっと量が多いやつ」
といった目の前のバイヤーの声に従って、実際の商品開発が進めれているのが、
中堅・中小の消費財製造業の実態だ。
そこに慣れきってしまうと、「消費者のインサイト」なんてことへの関心は遠のき、
目の前のバイヤーの意見の振り回されることになる。そこに主導権の持ちようはない。
商品も、誰向けなのかわからない、「万人受け」で、ありきたりなものになりがちだ。
行き着くところは価格競争だ。

中堅・中小企業と書いたが、大手メーカーの中でも売り上げ規模の小さい商品は
大なり小なり似たような状況だ。
一品番で数億円を超えない規模の商品に、潤沢な調査予算がつくことは、まずない。

Tポイントで、商品の知名度、規模を問わず、購入者のデータが得られるようになることは
この状況に風穴を開けることになるかもしれない。
「〇〇社のギョーザ 20個入り」をどんな人が、いつ、どんな店で購入したかが、
わかるようになるからだ。
「今の顧客がはっきり」というのは、商品開発に指針と確信を与える。
商品開発の方向は、大きく、今の顧客にもっと買ってもらえるものか、
今とれていない顧客にリーチするものか、それさえ決めればいいからである。
かつ、「今の顧客」と「とれていない顧客」がどういう人かがわかっていれば、
かなり商品企画開発の方向性は絞り込まれることになる。
「社内でなんとなく、こんなのが私はほしいと思いました」とか「バイヤーからこういうのを使ってくれと言われました」というより、
「現在の主要顧客の30代男性がさらに満腹感を感じもらえるような商品」とか
「今、取れていない高齢者2人暮らし世代向けの商品」といった方が、
より戦略的な商品開発が可能となるはずだ。

今のところ、Tポイントデータの利用料金は100万円以上とのことだが、
数十万まで下がってくれば、使える企業はかなり増えるだろう。

もう一つ、マーケティングのインフラという意味では、最近リリースされた
マクロミルの「Questant」も注目だ。これはASP式のセルフアンケートサービスで
今のところ10問100サンプルまでなら無料で利用できる。
有料化も予定されているようだが、年間29,800円と個人事業主でも十分使えるレベルだ。
モニター属性に厳密さをもとめず、「ちょっといろんな人の意見を聞きたい」というシーン
で使えそうなツールだと思う。当然、メーカーの商品開発にも使えるだろう。

郵送調査や対面調査しかなかった時代から、ネット調査が普及して、
「消費者を知る」「顧客を知る」ことは、かなり容易になった。
マーケティングのインフラにおける「民主化」だ。
現在、技術の進化でより一層の民主化が起きつつある。

道具はそろいつつある。あとは、いかにこれを「使いこなすか」だ。
それには、顧客のことを知りたい、という企業としての意識・風土が必要である。
目の前のバイヤーが顧客ではない。
自社の商品を購入し、使ってくれるお客様こそが、自社の顧客である。
中堅・中小企業にとっては、まずは、その発想転換が必要かもしれない。

2013年10月29日火曜日

バルミューダのRain~ヤカンで給水するという発想~

自然な風に近い扇風機で成熟した家電業界に一石を投じた
家電ベンチャー、バルミューダから、ヒーターと加湿器が発売された。

加湿器の名はRain。

甕のような形状が特徴的だが、なんといってもユニークなのは、給水タンクがなく、
上からヤカンなどで水を注ぐ、という給水方法である。

これをみたときに、筆者は「わかる!!」と思ってしまった。
空気清浄機や加湿器のタンクに水を入れて運ぼうとして、
ボトボトって水がしたたり落ちた経験、皆さんありません?
だいたい、普通の空気清浄機とかって、タンクのサイズからして水を注ぎにくい。
あんな長細いの、普通のキッチンのシンクには斜めにしないと収まらないのだ。
あと、向きを間違えたり、キャップの締め方がゆるいとボトボトっていきますよね・・・。

そしてこのRain。(ま、これは空気清浄機じゃなく、加湿器だが)
「水を持ち運ぶのはタンクじゃなく、ヤカンの方が簡単・便利に決まっている」
とバルミューダ社の寺尾社長。おっしゃるとおりである。

この社長の寺尾さんの経歴も、ユニークである。
元はミュージシャンだったが、うまくいかず、その後、モノ作りの世界に
飛び込み、独学で設計、製造を学んだという。

そのキャリアからか、この「ヤカン」発想にしても、
「家電業界にどっぷりつかっていないからのこその商品開発」だな、と思う。
アマダナなどの「デザイン家電」というくくりで語れない、チャレンジ精神というか、斬新さを感じる。
アマダナはおしゃれだが、社長が東芝出身であることからしても、どこか「家電業界」
のにおいがするからだ。

理想の扇風機って、自然の風だよね。
水を持ち運ぶなら、ヤカンが一番だよね。

凝り固まった枠の中での、チビチビとした、機能、性能競争の「家電業界発想」とは
一線を画したものがそこにはある。
筆者がいいな、と思うのは、そこに消費者の生活場面がリアルに想起できる点だ。

今回発売された加湿器とヒーターには、UNIAUTOというスマホアプリに
対応している。このアプリは外から、ヒーターや加湿器のオン、オフができる、というもの。

家に帰って、「あーーー、さむさむっ」とエアコンやヒーターをつけるけど、
なかなか暖まらなくって・・・という場面、ありますよね。

遠隔制御の機能自体は、従来のエアコンでもついているものもあった。
だが、このUNIAUTOは一歩先も見据えていて、ネットにつながったスマホだからこそ、
将来的には、その製品が置いてある場所や天気予報情報をもとに「必要な時に、必要な分だけ
動いてくれる」ようになることも構想している、という。

加湿器Rain46,800円。
扇風機グリーンファンほどのヒットになるかどうかはこれからだが、
バルミューダのモノづくりにはこれからも注目していきたい。

2013年10月20日日曜日

30代以下の営業パーソン

筆者は現在、30代後半だが、
いま、営業の一線で働いている人のうち、20代、30代の「若手」がかなりの比率を占めるはずだ。
バブル以降に青春を過ごした世代である。
「営業」という職種で考えると、この世代は不幸であり、ラッキーでもある。
不幸といったのは、経済全体が停滞しており、モノが売れない、という時代であることが一つ。
もう一つは、実は社内に「営業としての良い見本」が少ない、という点である。
同じ会社で「営業」といっても、上司や先輩が営業の一線で働いてた時とはかなり前提が違う。
営業の現場の方々と接していると、世代・年代による違いを感じることが多い。
(しかも、だいたい、どこの会社も同じような構造になっている)

50代以上のベテランには、昔ながらの体力、人間関係の
「勘と経験と根性」(3K)タイプが圧倒的に多い。
経済が右肩上がりに成長していた時代は、ある種、体力や人間関係の世界であった。
(たぶん)
この世代の人は自社商品についてよく知っているし、交渉力や押しも強い。
経済が伸びていたので、問屋と小売り、問屋とメーカーの間で、
その果実をいかにわけあうかが重要だったからである。
しかし、「得意先に対する提案を考えてください」というと、思考がストップする。
(そして、パソコンも苦手である。)

お兄さん、お姉さん世代の40代は、できる人はできるのだが、
失礼ながら、「中途半端で残念な人」が少なくない。
バブル崩壊以降に社会人になったが、先輩たちの多くは「イケイケどんどん」世代で、
「モノが売れない時代」への対応を誰も教えてくれなかった(推測)。
一方で、インターネットも十分には普及しておらず、
顧客を訪問し、カタログやチラシを持って商品・サービスを紹介する
ことにそれなりに意味があった

そこで、割とコツコツと得意先を訪問して、説明や先方からのオーダーはある程度
ソツなく対応できるが、こちらから「仕掛ける」ようなことは苦手なタイプが多いように思う。
そもそも環境的にモノが売れない時代でキャリアをスタートしてるいるので、
ベテランほど人間力に期待をしてもいない。

だから、今の20代や30代にとって、上司や先輩が、
十分な「見本」になりえるかというと、難しいケースが多いのである。
低成長、モノが売れない、デフレ、そして情報の流通コストが劇的に安い、
そういう環境は我々の上司や先輩の世代がかつて経験したことが
ないものなのである。


しかし、それだけに「営業」という仕事の面白味もかつてないほど、大きくなっている、
と言えると思う。
それが「ラッキー」といった意味である。

自分次第で、「普通にいったら、伸びない売上」が伸びたりする。
「商品を紹介する」だけでは売れないので、「企画」や「提案」が大事になっている。
その分の、個人の努力・工夫の余地も大きい。クリエイティビティが発揮できる。

PBの提案やビジネススキーム自体の提案など、
「商品を紹介する」以上に、社内を巻き込んで、「プロデューサー」や
「プロジェクトリーダー」的な仕事もできたりする。

条件の交渉ではなく、
「いかに、パートナーとして共同でビジネス成果を出せるか」
という得意先との前向きな議論に時間がさける。
顧客側も、「売れない(伸びない)のが普通」なので、
売れる企画を提案され、それが成果に結びつくと本気で感謝してくれる。

(売れた時代は誰のおかげで売れているのか、よくわからない)

要は、そういう
「普通にしていたら、全然売れないけど、やりようによってはちゃんと売れる」
という環境を楽しめるか
どうかだと思う。
同じ仕事をやるなら、楽しまなければ損である。

2013年10月9日水曜日

営業とはクリエイティブな仕事である(2)

情報の流通コストが劇的に下がり、
ビジネス成果を創造するクリエイティビティこそが営業に求められる
ものになっている。

余談だが、この話の文脈で、私が職業としての先行きを心配する
業種の一つが製薬業界のMRである。
その名も「医薬情報担当者であり、医師を訪問して、
医薬品に品質、有効性、安全性に関する情報を提供したり、
収集したりする仕事
である、とされる。
要するに、ドクターに対して、自社の薬の採用をあの手この手で働きかける仕事なわけだが、
表向きの「情報提供」という部分に関して言えば、
情報の流通コストの劇的な低下のあおりをモロに受けそうである。
「情報の伝達」という手段だけに注目すれば、「人」ほど
高コストのチャネルはないからだ


医師向けのポータルを運営する超高収益企業エムスリーの決算資料(2012年度)に、
これの裏付けとなる面白いデータが載っていた。
製薬業界側がかけるマーケティングコストのうち、
MRにかかわるものは、実に1兆4,000億円で92%を占める。
国内6万人と言われ、その多くが高給取りであるので、納得の数字である。
一方、医師側が情報収集をどのような手段で行っているかを
「時間」でみたときに、上位が学会・研究会・雑誌などで44%、
ついで、インターネット39%、MRからは何とわずかに17%に過ぎないらしい。
詳しくはこちらの9ページ
http://corporate.m3.com/ir/library/presentation/pdf/20130425_03.pdf

あくまで「時間」なので、その少ない面談時間の「濃さ」はあるだろうが、
MRという仕組み自体が、効率的でないのは誰の目にも明らかである。
今のところ、
「エムスリーのMR君を活用する代わりにMR人財を大量整理」
みたいな製薬会社はないようだが・・・。
そもそも利益率が高い製薬会社だからこそ、
これだけの人員を抱えていられる、ということなのだろう。
10年後に「データサイエンティスト」なる職業が普及しているかどうかも
あやしいが、MRという職業が今と同じくらいの規模で存在しているかどうかも
謎であるかもしれない。

営業とはクリエイティブな仕事である(1)

営業ってクリエイティブな仕事だと思う

高度成長期やバブル時代がどうだったかはわからないが、少なくとも
30代後半の筆者が知りうる限りはそうである。

営業は言うまでもなく、モノ(およびサービス)を売る仕事だ。
※ここでいう「営業」は、産業財であれ、消費財であれ、基本的に企業や法人を対象とする
 法人営業をイメージしている。「個人向けの販売」は、これとは少し様相が異なるからである。
 これはまた別の機会に書いてみたい
しかし、かつてはモノ・サービスを売ることに付随して、色々とやることがあった。
ざっと考えただけども、
1)商品の配送(商品が物理的なモノの場合)
2)注文の受付
3)集金
4)商品情報の提供…カタログの配布や新商品情報の提供など
といったものだ。

今日、これらの付随業務の多くは、「営業」以外のものにより置き換えられている。
1)の配送も物流網の発達で、販売と配送を分けている(配販分離)企業は多い。
2)も単に注文を受け付けるだけであればWebなどの電子的手段が普及している
3)の集金を営業が担っていることも少ないだろう
そして、もっともインパクトが大きいのは4)である。
1990年代後半以降、インターネットの普及に伴って、情報の流通コストは劇的に下がった。
別に営業マンにチラシやカタログを持ってきてもらわなくても、単純な情報なら
Webやメールで入手が可能になった。

それにもかかわらず、相変わらず、一方通行に自社の商品・サービス情報を届けることが
営業の大きな仕事だと勘違いしている人が多い気がしてならない。
最悪なのは、「自社で新発売だから」という理由で顧客のところを訪れ、
流暢な、つまり通り一遍で他でも説明しなれたカタログ情報をとうとうと語るような営業担当者だ。
こんな担当だったら、仮にカバンを白いハンカチの上に置こうが、毎回2分のアポなし
訪問の回数を重ねられようが、筆者は買う気になれない。
人ほどコストの高い情報伝達チャネルはない。情報を右から左に流すだけなら、
メールやWebで十分なのである。

今の時代において、営業がやるべきことは、いわゆる「提案」や「企画」である。
顧客のビジネス成果に貢献する企画を練り、その実践をいかにサポートできるか、
営業の役割はそこに尽きる。

例えば、今はどこでも大手コンビニで挽きたてのコーヒーが飲める。
コンビニからのオーダーかもしれないが、仕掛けたのが珈琲やマシンの営業だったとしたら、
ものすごい企画である。周辺のデザート等も含めて、これまでにない新たな売上を作り出して
いるからだ。
ドラッグストアでは、いつの間にか、医薬品、日用品、化粧品に加え、食品やつけまつ毛
のような化粧雑貨など、実に多くの商品が並んでいる。これも卸や各種メーカーの営業が
ドラッグの新たな品揃えとして、提案を行った結果かもしれない。
売上をオンするだけではない。ITの各種システムで、コストダウンを実現することもそうだし、
LEDのような省エネ設備の導入も一つの企画である。

特に価値が大きいのは、
「その営業担当者がいなかったら、存在しなかったであろう成果を
顧客と自社にもたらすこと」だ。

現代において、営業とはクリエイティブな仕事である。
逆に言えば、クリエイティブでない営業担当者は要らない。営業は、基本的に正社員で、
会社から見てもそれなりの給料を払っていることがほとんどだからである。
人という高いコストを払っているからには、他で代替できない付加価値の高い
仕事をしなければ、いずれ社内に居場所はなくなってしまうだろう。

2013年10月1日火曜日

捨てることの大切さ ”俺のフレンチ・イタリアン訪問記”


先日、遅ればせながら大阪に初出店の「俺のフレンチ・イタリアン」にいってきた。
個人的には、ここのビジネスは外食ビジネスにおける
チェーンオペレーション、回転寿司、食べ放題バイキング
に次ぐレベルの画期的な「発明」だと思っている。
9月半ばの平日夜だが、噂にたがわぬ人気ぶりで、
18時半頃から並び始めて入店できたのは20時だった。

客層は、結構若い。1時間行列+立ち飲み・立ち喰いは腰痛持ちのおじさんには無理だろう)
若い学生カップル、20代~30OL40代までのサラリーマングループといった感じ。

待っている間も、スタッフから、「今ならんでいる方から先着10組さま」
ということで、「仕入原価2,000円のアワビのポワレ1,980円」を勧められる。
「並んだ甲斐があったよね」と感じさせるサービスの一つだろう。
おそらく、他の客にもこの種の特別サービスメニューは用意しているに違いない。

入店?してみてまずびっくりしたのが、そこが完全に「外」=屋外であることだ。
松竹角座前の広場に立ち食い用の小さい丸テーブル兼テントが並べられているだけ。
 厨房もプレハブの「仮設厨房」の趣である。店というより、フェスやイベントの屋台といった感じだ。

期待と不満も入り混じりつつ、
トマトの冷前菜、田舎風パテ、鴨と、同店の名物「ロッシーニ」
 (ステーキの上にフォアグラが載ったメイン料理)、フォアグラとトリュフのリゾット、
 例のアワビのポワレなどを注文。
 


このときに、前菜から、メイン、しめに至るまで全部オーダーしてしまったのが
失敗であることに後から気付く。
何故なら、完全に「居酒屋ペース」で、皿が運ばれてくるからである。
あっという間に、2皿のっただけでいっぱいの小さなテーブルは、
てんやわんやの状態に。仕方なく、テーブル下の荷物置きにパテなどを
避難させる。そう、普通のフレンチ、イタリアンレストランの感覚で
オーダーしてはいけなかったのである。ここはあくまで「立ち飲み居酒屋」なのだ。


 

肝心の料理だが、これは結構いける。
何せ安い。名物のロッシーニはステーキの上にフォアグラがのって1,280円である。
先日、これを真似たココスの「ハンバーグ フォアグラ載せ」1,380円を食べたが、
全く勝負にならない。ココスのはソースが不味い。
それに比べて、「俺の」は真っ当なフレンチである。それも、今の時代の軽やかフレンチではなく、昔ながらのガッツリ・古典的フレンチだ。

お腹もはちきれそうになって、食後にコーヒーを、と思って
ホールスタッフに呼びかけるも、「コーヒーおいてないんですよ」とのこと。
 改めて、メニューを見ると確かにない。ついでにいうと、紅茶もない。
思わずハッとした。考えてみれば、この店のビジネスにおいては、
フレンチやイタリアンと切っても切れない珈琲や紅茶はないのが必然なのである。

同社の坂本社長の著書「俺のイタリアン、俺のフレンチ―ぶっちぎりで勝つ競争優位性のつくり方」にもあるように、この店の特徴は、
・「じゃぶじゃぶいい食材」を使って
 (通常ではありえない高い原価率、メニューによっては100%越え)
・ミシュラン星付店クラスの出身の「一流の料理人」が作り、
・「立ち飲みスタイル」店舗で、
・お客を「45回転」させて、
原価の高さや家賃などの固定費をチャラにして儲ける、
という飲食の常識を覆す画期的なビジネスモデルにある。
珈琲や紅茶は、おそらく、このビジネスを支える「高回転」の妨げになるのだろう。

「俺の」の真髄はまさにここにある。
 「一流の料理をを低価格で」を実現するために、
「食材と料理以外のクオリティ、お得感」以外の部分の
切捨て方」が半端ではないのだ

そもそもが、「立ち飲み・立ち食い」である。
空間の設え・ホスピタリティというか、(大阪店に限っていうと、そもそもの雨風や気温のレベルで)居心地の良さは完全に捨てている。

料理を出すペースをテーブルごとに考えないのもの「捨てている」ことの一つだ。
しかし、先述の「皿がテーブルにあふれる事態」も
見方を変えると、「本格的な料理をスピーディに出せる」という店の能力の現れともいえる。
「注文した皿がなかなか出てこないファミレス」も珍しくない中、
客を待たせないことは、それはそれですごいことだ。

この店のすべては、
「いい料理をびっくりするくらいの価格で提供すること」と、
それを支える「高回転」ということに照準を絞って組み立てられているといえる。

これと同じように「割り切って捨てる」ことで
成長している企業・サービスを思い出した。
女性専用のフィットネスで急拡大しているカーブスである。
ここには通常のフィットネスにある、お風呂やシャワー、パウダールームもない。
マシンや水泳、ヨガ、エアロビといった多様なメニューもない。
ここでの運動は数種類の機器を使った簡単なエクササイズを繰り返すだけのシンプルなものだ。
店も一等地の路面というよりも、住宅街のマンションの2階などが多い。
月々5,000円程度で、予約なしで一日30分程度の運動を何度でもできる。

その気軽さが受けて、通常のフィットネスの利用に二の足を踏む50~60代女性
の顧客を獲得することに成功している。
現在、全国で1,000店舗を超え、会員は50万人を超えるという。

カーブスも「男性顧客」「シャワー」「多様なメニュー」など、思い切って捨てている。
その結果、手頃な料金でサービス提供ができ、これまでのフィットネスを
 敷居が高いと感じていた層を取り込むことができている。

「俺の」にしても、「カーブス」にしても、
こうして目に見えて成功してから、それを説明することは簡単だ。
「言われてみればそうだよね」というコロンブスの卵みたいな話である。
問題は、最初にそれをやれるかどうか、だ。二番煎じ・三番煎じはふつう、儲からない。

何せ、捨てることは、とても勇気がいる。
普通の発想なら、
「フレンチとかイタリアンを楽しみに来る人は料理とくつろぎを求めてるんでしょ?
 椅子がないなんて」とか
「料理の後にコーヒーがないなんてありえない」
「フィットネスで汗をかくのに、シャワーは必須でしょ」
と思ってしまうだろう。実際、そういう反対意見は出たはずだ。
(社内だけではなく、実際、そういう顧客もいると思う)
それを跳ね返すだけの事業への強い思いが必要で、「俺の」も「カーブス」も
 オーナー社長だからできた、という面は確実にあると思う。

が、そういう「気持ち」の部分以上に大事なことは、
「ターゲット」と「売り」が明確でなければ、何かを捨てることはできない、
ということだ。

「俺の」がターゲットとするのは、
「ゆったりしなくていいから、お得に旨いもの食べたいよね」というシーンである。
そして、「いい料理が驚きの値段で」という分かりやすい売りがある。
だから、店舗の内装も椅子も、珈琲も、手厚いサービスも思い切って捨てられる。
他に選択肢がある中、「今日は落ち着いていいもの食べたいな」というニーズや
「味はともなく、とにかく安いもの食べたい」というニーズに、「俺の」が応える必要はない、
という割り切りだ。

カーブスも「これまでフィットネスに通っていない中高年女性」
というターゲットに「気軽に運動できる場を手頃な価格で提供する」
と決めたから、シャワーを捨てることができた。
何せ、おじさんと風呂・サウナは切っても切れないから、「女性限定」だからこそできた話である。

商売を組み立てる上で、人が喜ぶであろうことを積み上げるのは実は簡単である。
ただ、それを積み重ねていくとコストが膨れ上がっていく。
その発想で「いいものを安く」提供しようと思うと、結局、規模を追求して
スケールメリットを出すしかない。が、それとて限界がある。
また、少しでも多くの顧客を取りたいという誘惑に駆られ、
結果として、八方美人の全方位型で、どこにでもある中途半端な商品・サービス
になってしまうという罠にも陥りがちである。

そうではなく、ターゲットと売りを絞り、何かを思い切って捨てることで、
光るものを提供できることがあるのだ

業界の常識を覆し、色々「捨てて」いる「俺の」だが、
おきて破りだからといって必ずしもハイリスクビジネスではないというところもミソである。
店の広さをおさえ、回転で勝負する=初期投資が少ないということだからだ。
メニューの原価率なんて後からいくらでも変えられるのである。

特に、大阪店の「仮設」加減はすごい。
この屋外っぷりは真冬が来たらどうするんだろうかと思ったが、
もしかすると、「真冬になったら閉めればいい」ということなのかもしれない。
「けち」の多い大阪市場で「俺の」のモデルが成り立つか否かの実験場という印象を受けた。
 
店舗のコンセプトは大胆なのに、そこは手堅い。
このバランス感覚はさすがである。