2013年11月24日日曜日

“俺の”の戦略ストーリー

遅ればせながら、楠木健さんの「ストーリーとしての競争戦略」を読んだ。
「経営センスの論理」から先に入って、この人、すごいなーと思っていたが、
「ストーリーとして競争戦略」を改めて読むと、本当に秀逸である。

戦略論という意味では、一つの到達点だろう。
「なぜ、あの会社儲け続けているのか」を説明するフレームや考え方として
今の時点でこれ以上のものはないかもしれない。

ただ、全部を読み終えて、「アスクル、ガリバー、マブチモーターなど、これで説明できるのって
ごく一部の企業じゃないの?」とは思ってしまった。
考えてみれば当然で、持続的に利益を出し続けている会社が、実は稀だからだ。
が、その後また色々考えてみると、楠木式で説明するとわかりやすい事例が
結構あることに気付く。

最初に思い当たったのは「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」「俺の割烹」などで有名な「俺の」だ。
同書にも秀逸な戦略ストーリーとして説明されているブックオフ創業者の坂本さんが
経営するだけに、「俺の」の戦略ストーリーもよくできている。

坂本さんの著書にもあるように、「高級食材をじゃぶじゃぶ=高原価率」を使って、
「一流の料理人が作る」、「立ち飲み店」というのが、同社のビジネスの骨格だ。
この3つの「合わせ技」というか「掛け合わせ」が「キラーパス」なのだと思う。
普通に考えれば、この掛け合わせは「一見、非合理」だからだ。

「俺の」の「シュート」は、コスト優位である。
「原価率が高いのに、コスト優位」という一見矛盾するものを両立させているのが
「高い回転率」(図の黄色)だ。
俺のを成り立たせている要因は、この「高い回転率」にある。


飲食店のコスト構造はいたってシンプルで、
主なものは「食材原価」「人件費」「家賃」「設備の償却」である。
普通の飲食でいえば食材原価は3~4割が妥当とされる。
「妥当」って誰が決めたかって、人件費も家賃もかかるし、まあそんくらいだよね、
というだけの話だが、「だいたい、どこも回転率は同じようなものだから」という前提での話だというのがミソだ。
上記の原価のうち、人件費、家賃、償却は売り上げに関係なく、ほぼ固定。
だから、回転率すなわち売上さえ伸ばせば、これらの「比率」は下げることができる。
そこで出る儲けは原価を上げることに使っても、全然儲かる、というのが、「俺の」のモデルだ。

従って、回転率を上げることに全ての活動がフォーカスされている。
まず、立ち飲み。行列1時間の後はせいぜい1時間半、ながくて2時間だ。
デザートはあっても珈琲は出さない。それで500円客単価を上げるより、次のお客様を
入れることを優先している。
ランチをしない、というのも一つだ。客数確保と売上のために利幅は薄くともランチをやる、という飲食は少なくない。が、俺のはランチはせず、その時間で仕込みに集中している。
行ってみるとわかるが、オーダーしてから料理が運ばれてくるスピードが異様に早いのは、
仕込みに時間をかけているからだと思う。同時に、ランチをしない、というのは「一流の料理人」
という打ち手にもつながっている。これでランチまでやっていたら、労働時間が長くなりすぎて、
料理人の確保が難しくなるからだ。

そして、「高い回転」は、行列ができるほどの集客があってこそ成り立つ。だから、
ときには「原価率100%超え」のような「思わず人に言いたくなるメニュー」を作り、話題にさせる。
銀座という狭い商圏に集中出店し、広告・販促費をかけずに周知させる。
「ミシュラン星付き料理人」というのも話題の一つ。
イタリアン、フレンチから始まって、割烹、焼き鳥と短期間で多業態展開してるのも、
お客を飽きさせず、集客し続けるための施策。同時にこれは、「一流料理人」というパスとも
つながっている。「イタリアンだけ」といったように一つの料理ジャンルに限ってしまうと、
優秀な人材を大量に雇うのが難しくなるからだ。
さらに、スピーディな出店を可能にしているのは、立ち飲みで相対的にスペースが狭く、
店舗の初期投資が小さいからでもある。これはストレートにコスト優位にもつながっている。

このように、「食材原価は高くても、高回転で、コスト優位」という骨太ロジックを核に、
あらゆる打ち手がつながっている、よくできたストーリーなのである。

他の飲食を考えると、大規模チェーンは、ファミレス、ファストフード、牛丼、回転ずし、
居酒屋、どれも基本的に大量出店による規模のメリットによるコスト優位の論理で動いている。
各社が競うのは、個々の打ち手の洗練度合である。
一方、単純に「いい腕でうまいものを、いいサービスと、ゆったりとした場所」で提供すると自然に高くなる、というのが高級レストランだ。

比べてみると、「俺の」はこれらとは全く違う論理、ストーリーで動いていることがよくわかる。

ただ、話題になれば「真似される」のが飲食業の常である。
しかし、「俺の」は、そのストーリーの「長さ」もよくできており、簡単にまねできるかは疑問だ。
◇話題性→収益→料理人への処遇アップ→ますます優秀な人材が集まる・・・
◇集客→出す料理数の多さ→オペレーションの洗練と、料理人の技能向上→さらに回転アップ・・・
といった好循環サイクルが埋め込まれているからである。
そもそも、他社でやろうと思っても、料理人を集めるのに苦労するし、
「広い厨房で、一日一回転」になれている料理人は、すぐには「俺の」並みのスピードで料理を
出すことは難しいだろう。組織の能力(OC)での差別化も磨かれていっているのだ。

同じような業態でのライバル・競争という意味では、「俺の」は当面、おそらく勝ち続けることが
できる気がする。むしろ、一番怖いのは、移ろいやすい消費者の「飽き」ではないか。
本を売ることに、「飽き」はないし、選択肢は他にあまりないが、無限に選択肢のある食の世界で
「高回転」を維持し続けられるか。
お客様の飽きとの戦いこそが最も厳しい戦いなのかもしれない。

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